役員借入金の債務免除でみなし贈与は発生する?仕組みと注意点を解説
役員借入金を債務免除すると、みなし贈与として課税されるのか否か気になる方も多いのではないでしょうか。実は、債務免除の扱いには法人税や株主への影響など、見落としやすいポイントがいくつもあります。本記事では、みなし贈与が発生する仕組みや典型例、法人税への影響、回避のポイントまで解説します。債務免除の扱いに不安がある方は最後までご覧ください。
目次
死亡時における役員借入金の相続上の扱いとは

役員借入金とは、会社が役員から受けた貸付金を指し、会社側では負債、役員個人にとっては会社に対する債権(資産)として扱われます。そのため、役員が死亡した場合、この債権は原則として相続財産に含まれ、相続税評価の対象となります。
もっとも、相続税法基本通達205では、会社が破産や再生手続に入っているなど、貸付金の回収が不可能または著しく困難と客観的に認められる場合には、相続財産に算入しない扱いが示されています。しかし、この基準に該当する事例は極めて限定的で、実務では貸付金が額面どおり評価されるのが実情でしょう。
そのため、役員借入金は死亡前の整理が重要になるわけですが、代表的な方法の1つが「債務免除」です。これは、役員が返済請求権を放棄して会社の負債を消す手法であり、相続対策として選ばれるケースがあります。
役員借入金の債務免除で発生する法人税の仕組み

役員借入金の債務免除は、会社の利益として扱われるため法人税に影響を及ぼします。その仕組みがどのように課税に結び付くのかについて解説します。
「債務免除益」として課税対象となる
役員が会社への貸付金を放棄すると、会社は返済義務から解放されるため、その分だけ経済的利益を受けたものと扱われます。この利益は税務上 「債務免除益」 として益金に計上され、原則として法人税の課税対象になります。
繰越欠損金により法人税を抑えられる場合がある
過去の赤字が繰越欠損金として残っている場合や、当期が赤字である場合には、発生した債務免除益と相殺して法人税負担を軽減できる可能性があります。ただし、繰越欠損金の残額や当期の利益見込みとの関係によっては、債務免除益を十分に吸収できず、結果として法人税が発生する場合もあります。
そのため、債務免除を検討する際には、決算時期や欠損金の残高を踏まえ、どこまで相殺できるかを事前に試算しておく必要があります。
繰越欠損金を超えた部分には法人税が課される
債務免除額が繰越欠損金を上回る場合、その超過部分は必ず益金として課税されます。たとえ赤字企業であっても、欠損金が不足していれば法人税が生じるため、「赤字だから債務免除をしても課税されない」という認識は誤りです。
特に役員借入金の残高が大きい会社では、免除のタイミングや金額によって税負担が大きく変わるため、事前の検討と専門的な試算が重要になります。
役員借入金の債務免除で生じる「みなし贈与」について

債務免除は法人税だけでなく、株主にとっても影響が及ぶ点に注意が必要です。会社から株主へ価値が移転したと評価される場合に、どのように「みなし贈与」と判断され贈与税の問題へ発展するのかについて解説します。
株価の上昇が贈与とみなされる
役員が会社への役員借入金を債務免除すると、会社は返済義務から解放され、その分だけ純資産が増加します。純資産が増えれば株式価値も高まるため、株主が経済的利益を受けたと評価されます。
この「株主への価値移転」は相続税法9条および基本通達9-2に基づき「みなし贈与」とされ、贈与税の対象になります。
特に、役員(債権者)と株主が別の人物である場合は、役員が負担した損失が株主の利益となる構図が明確なため、贈与税が課されるリスクが高まります。現金の受け渡しがなくても「価値が移った」と判断される点に注意しましょう。
債務超過企業ではみなし贈与は発生しない
一方、会社が債務超過の場合には、債務免除を行っても純資産がプラスに転じない限り株価は上がりません。この場合、株主に利益が生じたとはいえないため、みなし贈与には該当しないのです。
同じ債務免除でも、会社の財務状態によって贈与税の扱いが異なるため、事前に財務内容を正確に把握しておきましょう。
役員借入金の債務免除でみなし贈与が問題になるケース
役員借入金の債務免除では、株主構成や株価の算定方法によって贈与税のリスクが大きく変わります。どのような場面で「みなし贈与」が問題になるのか、代表的なケースを整理して解説します。
複数の株主がいる同族会社でみなし贈与が生じるケース
複数の株主が存在する同族会社では、役員借入金を債務免除した瞬間に株主間で価値が移転したと評価されやすく、みなし贈与の対象となる可能性が高まります。
例えば、父60%・母20%・長男20%という株主構成の会社で、父が1,000万円の役員借入金を免除すると、会社の純資産が増え株価が上昇します。株価の上昇分だけ母と長男が利益を受けたと判断され、父から母・長男へのみなし贈与が成立します。
実際に金銭を受け取っていなくても、株価の変動だけで贈与扱いになる典型的なパターンです。
株主が1人(100%株主)のためみなし贈与が生じないケース
一方、株主が1名のみの会社であれば、債務免除による利益が他者に移る余地がありません。
例えば、社長が株式を100%保有している会社では、社長(役員)が役員借入金を免除しても、その利益は社長自身だけが享受するため、他者への経済的利益の移転は起こらず、通常みなし贈与には該当しません。
もっとも、会社としては債務免除益の計上が必須となるため、法人税の検討が別途必要になります。
株価評価を誤ることで贈与額が過大になるケース
債務免除は会社の純資産を直接的に動かすため、その前後の株価(時価)評価が極めて重要です。
もし免除により純資産が増えたにもかかわらず、正確な時価調整を行わずに株価を算定すると、実際より高く評価されてしまい、贈与額が不適切に大きく算定されるリスクがあります。
税務署から「本来の株価はもっと高い」と判断されれば、その差額が追加の贈与税として課税される可能性もあるので注意しましょう。
役員借入金の債務免除で「みなし贈与」を避けるための実務的なポイント
役員借入金を債務免除する場合、適切な手続きを踏まないと「みなし贈与」と判断されるリスクが高まります。余計な課税を招かないために、実務で押さえておくべき重要なポイントについて解説します。
債務免除前に簿外債務や時価の状況を確認する
債務免除を検討する際には、まず帳簿に載っていない簿外債務の有無や、資産・負債の時価を適切に反映する必要があるかどうかを確認しましょう。
帳簿上の数値と会社の実態に大きな差があると、免除後の純資産の増加額が正しく把握できず、みなし贈与の判断を誤る可能性があります。
時価の認定を誤ると税務調査で否認され、過大な贈与税が発生するリスクもあるため、事前の精査が重要になります。
債務免除のタイミングと決算・欠損金の状況を見極める
債務免除の時期は、決算と繰越欠損金の状況を踏まえて慎重に検討しましょう。債務免除益は、免除を行った事業年度の益金として計上されるため、決算直前に実行すると、繰越欠損金で吸収しきれず法人税が発生してしまうケースも少なくありません。
さらに、繰越欠損金には利用期限があるため、残りの期間や今後の黒字見込みを踏まえ、どのタイミングで免除すれば税負担を最も抑えられるかを見極めるのが重要です。
株主構成や会社の財務内容を踏まえて影響を検討する
株主構成と財務状況を踏まえて、債務免除による影響を事前に慎重に検討しましょう。持株比率によっては、債務免除で増加した純資産が特定の株主の利益と評価され、みなし贈与に該当する可能性があります。
特に同族会社では親族間で持株割合が分かれているケースが多く、免除額がそのまま「一部株主だけが得をした」と見なされやすい点に注意が必要です。
たとえ財務改善のための措置であっても、税務上は贈与と扱われる場合があるため、純資産の状態や株主構成を踏まえ、免除の影響を事前に十分確認しておきましょう。
役員借入金の整理方法は債務免除だけではない
役員借入金の解消には債務免除以外にも複数の手段があり、状況に応じて最適な方法を選ぶのが重要です。税務リスクや会社への影響を最小限に抑えるため、債務免除以外の代表的な整理方法についても解説します。
会社が役員へ返済する
もっとも基本的で安全な整理手段は、会社が役員に対して通常どおり借入金を返済することです。
返済能力がある場合は、みなし贈与の問題も生じず、法人税・所得税の扱いも明確で、税務上もっともシンプルな対応となります。役員借入金が多額に残っている場合でも、返済計画を立てて段階的に進めれば、負担なく残高を減らせます。
財務基盤が安定している会社であれば、まず検討すべき整理方法と言えます。
現金で返済できない場合は代物弁済を利用する
現金での返済が難しい場合には、会社が保有する資産を役員へ引き渡して借入金と相殺する民法482条の「代物弁済」を利用する方法があります。
ただし、引き渡す資産の時価によっては、法人税・所得税の課税関係が複雑化し、資産移転が実質的な利益供与と評価される可能性もあるため注意しましょう。
特に不動産や有価証券など時価変動が大きい資産を用いる場合には、正確な評価が必要です。
借入金を資本金に振り替えるDES(デット・エクイティ・スワップ)
借入金を資本金に振り替えるDES(デット・エクイティ・スワップ)は、財務改善の効果が大きく、債務超過の解消にも有効な手段です。一方で、資本金の増加により純資産が変動するため、株価に影響が及ぶ点に注意しましょう。
株主構成が複数に分かれる会社では、債務免除によって増えた純資産が特定の株主だけの利益と評価され、その部分がみなし贈与として課税される可能性があります。
そのため、DESを行う際には株価評価や持株比率の確認を必ず行い、事前に税務リスクを把握したうえで慎重に検討する必要があります。
役員借入金の債務免除による「みなし贈与」が不安な方は専門家に相談を
役員借入金の債務免除やDES、代物弁済は、多くの税目や株価評価が複雑に影響し合うため、自己判断で進めると「想定外の贈与税がかかった」、「債務免除益で法人税が増えた」、「株価上昇で事業承継が困難になった」などのトラブルに直結しやすい点に注意が必要です。
特に同族会社では、株主構成や時価の判断を少し誤るだけで課税リスクが一気に高まるため、事前に専門家の助言を受けながら進めるのが良いでしょう。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。