遺産の借金を相殺する方法|相続放棄や相続税の注意点も解説
遺産相続では、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も引き継ぐことになります。
もし故人に借金があることが判明した場合の対処法は、主に3つあります。まず、プラスの財産もマイナスの財産も含めてすべて相続する「単純承認」、全ての財産を放棄する「相続放棄」が挙げられます。また、プラスの財産の範囲内で借金を返済する「限定承認」も選択肢の一つです。
そこで本記事では、今後相続人となる可能性がある方に向けて、それぞれの方法の特徴や手続き、注意点について解説します。
目次
故人の借金は相続財産に含まれることをまず理解しよう
相続といえば、多くの人は現金や不動産といったプラスの財産を受け継ぐといったイメージを持つのではないでしょうか。
しかし、相続の対象となるのはプラスの財産に限りません。被相続人(亡くなった方)が生前に抱えていた借入金やローン、未払金といったマイナスの財産も相続財産に含まれます。
つまり、相続人は被相続人の借金を返済する義務も同時に引き継ぐことになるのです。遺産相続においては、この原則もしっかりと理解しておきましょう。
遺産の借金をプラスの財産で相殺する「単純承認」という選択

相続方法の中で最も一般的とされるのが「単純承認」です。これは、プラスの財産もマイナスの財産もすべて無条件で引き継ぐ方法を指します。
ここでは、単純承認の具体的な内容と、税金面でのメリットについて解説しましょう。
単純承認とは:すべての遺産を引き継ぐ基本的な相続方法
単純承認とは、被相続人の権利義務のすべてを無条件、かつ無制限に承継する相続方法です。つまり、以下のようなプラスとマイナス両方の財産を受け取ることになります。
- プラスの財産:預貯金や不動産、有価証券、貴金属など
- マイナスの財産:借金や未払金、公租公課(支払うべき税金)など
この「単純承認」を選択する場合、家庭裁判所での特別な手続きは不要です。
相続人が相続放棄や限定承認の手続きを行わなければ、単純承認したものと見なされます。仮に単純承認の意思がなくとも、「相続が開始されたと知った時から3ヵ月」を過ぎると自動的に行使されるため注意しましょう。
単純承認がおすすめなケースは、プラスの財産が借金を明らかに上回っている場合です。
また、相続財産を一部でも処分・使用する行為も単純承認に該当するリスクがあります。相続を知った際は、遺産の扱いにも気を付けてください。これに関しては、「遺産の借金問題で失敗しないための注意点」の項でも詳しくご紹介しています。
借金を差し引いて相続税を計算できる債務控除の仕組み
単純承認を選択した場合、相続税の計算において「債務控除」という制度を利用できます。
これは相続によって取得した財産の価額から、被相続人が残した借金等の債務を差し引くことができる仕組みです。借金以外にも未払い金や税金、医療費などが債務に含まれます。
また、正確には債務には該当しませんが、「葬儀費用」に関しても相続税の控除を受けることが可能です。
このような制度を利用すれば、課税対象となる遺産の総額が減少し、結果的に相続税の負担が軽減されます。
ただし、中には控除の対象外となるものもあるため注意が必要です。具体的には、被相続人の死亡で返済が免除されるもの(団体信用生命保険付きの住宅ローン等)や、保証債務などが挙げられます。
借金の相続を回避するための2つの方法

被相続人の財産を調査した結果、プラスの財産よりも借金のほうが多い、またはその可能性があると判明したとします。その際、相続人は借金の返済義務を負わないためにどうすれば良いのでしょうか?
代表的な手続きとしては、「相続放棄」と「限定承認」の2つの方法が考えられます。
どちらの方法も家庭裁判所での手続きが必要ですが、それぞれに特徴と適用されるべき状況が異なるため確認していきましょう。
借金額が資産を上回る場合に有効な「相続放棄」
相続放棄とは、被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も一切相続しないという意思表示です。
この手続きを行うと、その相続人ははじめから相続人ではなかったものとみなされ、借金の返済義務を免れることができます。
相続放棄がおすすめなケースは、借金の額が明らかにプラスの財産を上回っている場合です。
手続きは、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述書を提出して行います。ただし、相続の開始があったことを知った時から3ヵ月以内という期限が存在するため、くれぐれも注意してください。
また、一度相続の放棄が受理されると、原則として放棄を撤回することはできません。
相続放棄後、その権利は次の順位の相続人に移ります。意思のすれ違いによるトラブルを防ぐ上でも、念のためほかの相続人や次の相続人となる人へ事前に伝えておくと良いでしょう。
資産と借金のどちらが多いか不明な時に役立つ「限定承認」
限定承認は、相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみ、被相続人の借金等のマイナスの財産を引き継ぐという相続方法です。
限定承認がおすすめされるケースは、資産と負債のどちらが多いか正確に分からない場合が挙げられます。その他、自宅をはじめ特定の財産を手元に残したい場合にも向いていると言えるでしょう。
具体的には、相続財産で借金を返済し、もし財産が残ればそれを取得できます。ただし、借金が財産を上回っていたとしても、不足分を自己の財産から支払う必要はありません。こちらも相続放棄と同様、3ヵ月以内に家庭裁判所への申述が必要です。
とはいえ、限定承認は相続人全員が共同で行う必要があります。また、手続きが非常に複雑で時間もかかるため、現実的にはあまり利用されない方法です。
どの方法を選ぶ?判断のために財産と借金の調査から始めよう
適切な相続方法を選択するためには、被相続人の財産の全体像を正確に把握することが大切です。
この調査を怠ると、後から多額の借金が発覚して「知らなかった」では済まされない事態に陥ることもあり得ます。
相続方法を決定するまでの期間は限られているため、迅速かつ慎重に財産調査を進めましょう。
故人の預貯金や不動産などプラスの財産を正確に把握する
プラスの財産の調査は、まず故人の遺品整理から始めます。代表的な財産とその価値を知る方法については以下の通りです。
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主なプラスの財産 |
価値を知る方法 |
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預貯金(通帳やキャッシュカード) |
該当の金融機関に戸籍謄本などの必要書類を提出し、残高証明書を発行 |
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証券会社からの取引報告書 |
証券会社に連絡し、残高証明書を取得 |
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不動産の権利証(登記識別情報通知書等) |
法務局で登記事項証明書を取得し、所有者や権利関係を確認+役所で固定資産評価証明書を取得して価値を把握 |
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固定資産税の納税通知書 |
納税通知書に記載されている「課税標準額」や「評価額」を確認 |
これらの情報をリスト化し、財産目録を作成することで、遺産の全体像を把握しやすくなります。
信用情報機関への照会で借金の総額を確認する
被相続人の借金の全体像を把握するための有効な手段として、信用情報機関への情報開示請求があります。
日本に存在する代表的な信用情報機関は、以下の3つです。
- 株式会社日本信用情報機構(JICC)
- 株式会社シー・アイ・シー(CIC)
- 全国銀行個人信用情報センター(KSC)
まず、戸籍謄本等で相続関係を証明し、本人確認書類を添えて各機関に情報開示を請求します。結果、故人がどのような金融機関から、いくら借入をしていたかの情報を得ることが可能です。
時には、故人から聞いていなかったローンやキャッシングの存在が予想外に判明することもあるでしょう。
ただし、個人間の借金や税金の滞納など、信用情報機関に登録されない債務もあります。ゆえに、これだけで全ての借金が洗い出せるとは限りません。
故人宛の郵便物や契約書類から借金の有無を調べる
信用情報機関への照会と並行して、身近な資料を確認することも重要です。
故人の自宅に届く郵便物は、借金の存在を示す有力な手がかりとなります。また、故人の書斎の引き出しや金庫なども整理してください。
特に消費者金融やクレジットカード会社からの督促状、銀行のローン返済予定表などが届いていないかは注意深く確認しましょう。また、金銭消費貸借契約書やローン契約書、保証契約書などの書類が出てくる可能性もあります。
これらの書類を通して債権者、借入額、返済状況などを具体的に知ることができます。見つけた書類はすべて保管し、財産調査の一環として内容を精査しましょう。
遺産の借金問題で失敗しないための注意点

遺産に借金が含まれる場合の相続手続きには、いくつかの重要なポイントがあります。例えば手続きを選択できる期限や権利が失効する行為などです。
ここでは、意図せず多額の負債を背負ってしまうといった後悔をしないために、必ず押さえておくべきポイントを解説します。
相続方法の決定は原則3ヵ月以内に行う必要がある
相続方法を選択できる期間は、「相続の開始を知った時から3ヵ月以内」と法律で定められています。これは基本的には単純承認、相続放棄、限定承認のいずれであっても共通です。
この期間を「熟慮期間」と呼びます。
この3ヵ月という期間は、相続人が遺産の内容を調査し、どの相続方法を選択するかを冷静に判断するために設けられています。
ただ、なかには財産調査に時間がかかり、3ヵ月では判断が難しいケースもあるでしょう。その際は家庭裁判所に申し立てることで、熟慮期間を延長することも可能です。
遺産の一部でも使うと相続放棄できなくなるので注意
相続方法を決定するまでの相続財産の取り扱いには細心の注意が必要です。
相続人が相続財産の一部または全部を処分した場合、「法定単純承認」が成立し、相続を承認したものと見なされます。
単純承認が成立してしまうと、後から相続放棄や限定承認を選ぶことはできません。具体的に単純承認と判断される行為としては、以下の通りです。
- 被相続人の預貯金を引き出して生活費に使用
- 不動産や自動車を売却
- 相続人の意思で株式を解約
故人の形見分けとして、価値の低いものを分ける程度であれば問題ないともされています。しかし、その判断は主観による可能性もあるため危険だと言えるでしょう。熟慮期間中は、葬儀費用の支払いなど社会通念上相当と認められる範囲を除き、相続財産には手を付けないのが賢明です。
自身が連帯保証人になっている場合は返済義務が残る
相続放棄をすれば、被相続人のすべての借金から逃れられると考えるかもしれませんが、一つ大きな例外があります。
それは、相続人自身が被相続人の借金の「連帯保証人」になっているケースです。
この場合、連帯保証人としての返済義務は、相続によって承継される債務ではなく、保証人個人が負っている固有の義務となります。
したがって、たとえ相続放棄をして相続を免れたとしても、連帯保証人としての返済義務が消えることはありません。
債権者は、相続放棄とは無関係に、連帯保証人である相続人に対して返済を請求できるのです。これは非常に見落としやすい点ですので注意しましょう。
手続きが複雑で不安なら弁護士など専門家への相談がおすすめ

遺産に借金が含まれる場合の相続手続きには、専門的な知識と複雑な作業が求められます。具体的には財産調査や書類の収集、家庭裁判所への申述などです。
特に相続放棄や限定承認には、3ヵ月という厳しい期限があります。その間にすべての調査と判断を完了させるのは、決して簡単ではありません。
また、相続人が複数いる場合や、債権者との交渉が必要になるケースでは、さらに状況は複雑化するでしょう。
そんな時は一人で抱え込まず、速やかに弁護士や司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。もし手続きに少しでも不安を感じたり、ご自身の状況でどの選択が最善か判断に迷ったりした場合は、ぜひ検討してみてください。
まとめ|3ヵ月の期限を意識し、専門家にも相談を
遺産相続において借金が判明した場合、相続人には「単純承認」「相続放棄」「限定承認」の3つの選択肢があります。
しかし、適切な選択のためには相続開始を知ってから原則3ヵ月以内に、故人の遺産を正確に調査しなければなりません。
また、財産を一部でも処分すると相続放棄はできません。その他、連帯保証人になっている場合は相続放棄をしても返済義務が残るなど、重要な注意点も存在します。
相続手続きは複雑で、判断を誤ると大きな後悔に繋がることもあるのです。
これを回避するためには、相続に詳しい税理士をはじめとする専門家に相談しながら、慎重に手続きを進めることが重要です。相続税の申告や債務控除の適用など、税務に関する疑問点も生じやすいため、非常に心強い存在となってくれるでしょう。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。





