被相続人が認知症だと相続はどうなる?遺言の有効性と手続きの対策

被相続人が認知症だと相続はどうなる?遺言の有効性と手続きの対策

被相続人が認知症になると、遺産相続では様々な問題が発生する可能性があります。日本では高齢化に伴い認知症患者が急増しており、認知症の被相続人をめぐる相続トラブルは身近な課題です。

本記事では、認知症の被相続人に関連して発生し得る具体的な問題から遺言の有効性、生前に行える対策や発生後の対応方法について解説します。

目次

まずは確認!被相続人が認知症だと相続で起こりうる3つの問題

被相続人(財産を遺す人)が認知症になると意思を正しく判断できないとされ、法律行為に制限がかかります。特に次の3つの問題が起きやすくなります。

  1. 銀行口座が凍結され、預貯金の引き出しや不動産の売却ができなくなる
  2. 生前に作成した遺言書が無効となり、相続人同士で争いが起きる恐れがある
  3. 生前の贈与や契約が取り消され、意図しない財産配分になる可能性がある

各問題について、詳しく説明します。

1.銀行口座が凍結され、預貯金の引き出しや不動産の売却ができなくなる

家族が認知症と判断されると銀行はその人名義の口座を凍結し、家族であっても自由にお金を動かせなくなります。名義人である本人に判断能力がない場合、金融機関は本人を保護するため取引を制限するからです。

例えば、口座が凍結されるとキャッシュカードでの引き出しや窓口での払い戻し、定期預金の解約などができません。不動産についても同様です。家や土地を売る、貸すといった大事な契約は、本人に判断力があると確認できなければ成立しません。そのため、生活資金や介護資金の確保が難しくなるリスクがあります。

2.生前に作成した遺言書が無効となり、相続人同士で争いが起きる恐れがある

認知症が進み、判断能力が欠けているとみなされると、生前に作成した遺言書が無効になることがあります。

遺言書を有効にするには、内容を理解し、自分の意思で財産の分け方を決められる「遺言能力」が必要です。認知症だからといって必ず無効になるわけではありませんが、作成時に十分な判断力がなかったと見なされれば効力を失います。

例えば、遺言の内容が特定の相続人だけに極端に有利である場合です。他にも遺言を作成した時期が認知症と診断された時期と近い場合などは、有効性が疑われやすくなります。

遺言書が無効とされると、内容は反映されず法定相続分に従って遺産分割協議をやり直しすることになる可能性があります。結果、相続人の間で争いが起こるリスクも高まります。

3.生前の贈与や契約が取り消され、意図しない財産配分になる可能性がある

認知症で判断する力が十分でない状態で行った贈与や売買契約は、後になって無効や取り消しになることがあります。

契約は、本人に「意思能力(自分の行為を理解して判断できる力)」があることを前提に成り立ちます。もし意思能力が欠けていた場合、契約が有効とは認められません。

例えば、認知症の親が特定の子どもに多額のお金を贈与したり、自宅の土地を売却したりするケースです。また、相続が始まった後に他の相続人が「意思能力を欠いていた契約だ」と裁判で主張し、裁判所がそれを認めれば契約は無効です。

無効と判断された財産は遺産として戻され、改めて遺産分割の対象になります。「生前の契約が後から覆る事態」は、相続人同士の公平さを損ない、深刻なトラブルにつながりかねません。

当事務所では相続トラブルを未然に防ぐサポートを多数行っています。相続に関する不安やお悩みがある方は、ぜひお気軽にご相談ください。

相続についてのご相談は、ぜひ「やさしい相続相談センター」にお問い合わせください。

遺言の有効性:認知症の被相続人が作成した遺言は認められる?

公正証書遺言の作成

認知症を患っている家族が遺言書を残した場合、「その遺言は本当に有効なのか?」と不安に感じる方も多いでしょう。では、実際にどのような基準で有効性が判断されるのでしょうか。

ここでは、判断のカギとなる要素や、無効になりやすいケース、注意点について解説します。

遺言能力の有無が有効性を判断するカギ

遺言が有効かどうかを決める一番大切なポイントは、遺言をする人に「遺言能力」があるかどうかです。

遺言能力とは、遺言の内容や影響を理解し、自分の意思で判断できる力のことを指します。民法では15歳以上なら原則として認められていますが、認知症がある場合は症状に応じて個別に判断されます。

例えば、自分の財産や家族関係を理解し、遺言がどんな結果をもたらすかを把握できているかが基準です。判断には、遺言時の言動、医師の診断記録、認知症スケールの結果などが参考にされます。

最終的には、結果の資料をもとに裁判所が遺言能力の有無を判断します。そのため、遺言を作成する際は、医師や弁護士、公証人など専門家に立ち会ってもらうことが望ましいです。記録が残っていれば、遺言の有効性が疑われたときも、冷静に対応しやすくなります。

関連記事:【税理士監修】認知症であっても生前贈与は可能?注意点を解説

遺言書が無効になりやすい具体的なケース

遺言書が無効と判断されやすい典型例は、以下の通りです。

  • 重度認知症の後に作成された遺言書
    カルテや医療記録から判断能力の著しい低下が確認できる時期に作成された遺言書は、無効となる可能性が高くなります。
  • 内容が複雑すぎる・生前の意向とかけ離れている
    内容が本人の理解を超えるほど複雑、または生前の言動と著しく異なる場合、遺言の有効性が疑われます。
  • 筆跡や文章の異常
    自筆証書遺言で筆跡が本人と明らかに異なる、または文章が意味不明な場合、遺言能力が欠如していたと判断されやすくなります。

こうした事情があると、相続人から遺言の正しさに異議を申し立てられる恐れがあります。遺言者に悪意がなかったとしても、遺言が無効と判断されれば相続の手続きは最初からやり直しとなるため、事前の配慮が大切です。

関連記事:【税理士監修】遺言書の持つ効力とは?無効になるケースと確実性を高めるポイント

医師の診断書があっても遺言が無効になる可能性がある

医師の診断書があるからといって、遺言が必ず有効になるわけではありません。診断書は遺言作成時の判断能力を示す資料ですが、最終的に有効かどうかを決めるのは裁判所です。

例えば、診断書を書いた医師が精神科や認知症の専門医でなければ、医学的な信頼性が低いと判断される可能性があります。さらに、診断日と遺言作成日が大きく離れている場合、その間に認知機能が低下したのではないかと疑われることもあるでしょう。

また、相続人が「遺言内容と普段の言動が違う」と主張する場合があります。その際に記録や証言が提出されれば、裁判所はそれらを含めて総合的に判定します。

診断書は有効性を裏づける証拠ですが、それだけでは不十分です。確実に備えるには、専門医の診断や遺言作成時の状況を示す証拠をあわせて準備しておきましょう。

関連記事:【税理士監修】遺言書の持つ効力とは?無効になるケースと確実性を高めるポイント

遺言が無効になった場合の遺産分割はどう進める?

遺産分割のイメージ

遺言が無効になったとき、相続の流れは変わります。被相続人の意思を反映できない以上、法律で定められたルールに従って遺産を分けることが求められるのです。ここでは、相続人全員での協議の進め方と、生前の言動をめぐって起こりやすいトラブルについて説明します。

相続人全員での遺産分割協議が必要になる

遺言が無効と判断された場合、遺産分割は相続人全員の話し合いで進める必要があります。民法では、法定相続人の全員が合意しなければ遺産分割は成立しないとされています。

協議では原則として法定相続分に基づきますが、全員の同意があれば割合の変更もできます。ただし、一人でも反対すれば合意には至りません。

合意内容は「遺産分割協議書」として文書にまとめ、全員が署名・押印します。協議書は、不動産の名義変更や預貯金の払い戻し手続きに必要です。

また、相続人の中に認知症の方や未成年者がいる場合は、成年後見人や特別代理人の選任が求められます。認知症の相続人や未成年者が関わる協議は合意形成に時間がかかることが多く、専門家のサポートを得て進めることが現実的です。

関連記事:【税理士監修】遺産分割協議書の作成方法と必要性について解説

関連記事:相続時の遺産分割協議書は何通必要?どこに提出するの?

生前の言動をめぐり相続トラブルに発展しやすい

無効な遺言があると相続人同士の不信感が強まり、相続トラブルに発展しやすくなります。遺言に期待していた相続人は不利益を受け、他の相続人も「自分を差し置いて用意された遺言なのか」と不満を抱くためです。

結果として、遺産分割協議が難航するケースも見られます。例えば、被相続人が認知症だった場合、「生前の言動が本人の真意だったのか」が争点となりやすいです。「この家を譲ると言っていた」と主張する人もいれば、「特定の相続人が財産を使い込んでいたのではないか」と疑う人も出てきます。

相続人同士の行き違いから、家族間の対立が深刻化することもあります。生前の言動をきっかけに争いが激化する例は多いため、早めに生前対策を行い家族の安心を守りましょう。

相続についてのご相談は、ぜひ「やさしい相続相談センター」にお問い合わせください。

被相続人が認知症になる前にやっておくべき3つの生前対策

被相続人が認知症になると相続手続きが複雑になり、親族間のトラブルにつながるケースがあります。相続のトラブルを防ぐには、本人に判断力があるうちに法的に有効な対策をしておくことが欠かせません。具体的な生前対策としては、次の3つが挙げられます。

  1. 意思が明確なうちに作成する「公正証書遺言」
  2. 財産管理を信頼できる家族に託す「家族信託」
  3. 将来の後見人を自分で選任できる「任意後見制度」

以下より各制度について詳しく説明します。

1.意思が明確なうちに作成する「公正証書遺言」

公正証書遺言は、公証人が本人の意思を確認しながら作成する公的な遺言書で、証人2名以上の立ち会いが要ります。作成時に判断能力を公証人がチェックするため、自筆証書遺言よりも信頼性が高い点が特徴です。

また、認知症の不安があっても作成時に意思が明確であれば、後から無効を主張されにくいのもメリットです。

さらに、原本は公証役場で保管されるため、紛失や改ざんの心配もありません。意思がはっきりしているうちに公正証書遺言を準備しておけば、家族に安心を残せるでしょう。

関連記事:【税理士監修】遺言書を公正証書で作成するには?必要書類や作成するメリットを解説

2.財産管理を信頼できる家族に託す「家族信託」

家族信託とは、信頼できる家族に財産の管理を任せる制度です。契約を結んでおけば、本人の判断能力が低下した後でも、受託者が財産を管理・処分できます。

例えば自宅を信託財産に組み込めば、受託者が賃貸や売却を行い、収益を生活資金や介護費用に充てられます。さらに、契約で死亡後の承継先を指定しておけば、遺言と同じ機能を果たせる仕組みです。

成年後見制度と比べると自由度が高く、家族の希望に沿った柔軟な財産管理ができるのも特徴です。将来に備え、柔軟性を重視したいご家庭には、家族信託の導入を検討する価値があると言えます。

関連記事:【税理士監修】家族信託とは?メリットとデメリット、手続きの方法をわかりやすく解説

3.将来の後見人を自分で選任できる「任意後見制度」

任意後見制度は、将来に備えて信頼できる人を自分で後見人に指定できる方法です。任意後見契約は公証役場で公正証書として作られ、効力は家庭裁判所が任意後見監督人を指定した時点から生じます。

信頼できる家族を後見人に指定しておけば、自分の価値観に沿った財産管理や生活支援を受けやすくなります。ただし、公証役場での契約手続きや後見人・監督人に対する報酬が発生する可能性があります。事前に理解しておきましょう。

任意後見制度は、本人の意思を尊重しながら後見体制を整えられる有効な手段です。信頼できる人を自ら選べる点で、将来の生活や財産管理に安心感のある制度だと言えるでしょう。

参考:任意後見制度とは(手続の流れ、費用)|厚生労働省

被相続人が認知症と診断された場合の対処法

被相続人が認知症と診断され、判断力が落ちているときは、遺言の作成や家族信託などの生前対策を新たに進めることはできません。被相続人の判断力が低下している状況では、財産を守り手続きを進めるために、家庭裁判所が関わる制度を使う必要があります。

代表的な方法が、家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見制度」です。ここでは、法定後見制度の概要と利用時の流れ、注意点を説明します。

家庭裁判所が後見人を選任する「法定後見制度」

法定後見制度は、認知症などで判断能力を失った人を家庭裁判所が保護・支援する仕組みです。本人の状態に合わせて「後見」「保佐」「補助」の3種類が用意されており、必要に応じた支援を受けられます。

親族などが家庭裁判所に申立てを行い、裁判所が適任と判断した人物を成年後見人に選任します。後見人は、凍結された口座からの引き出しや不動産の売却などを本人に代わって行えます。ただし、親族以外の弁護士や司法書士が選ばれることも多く、利用には報酬がかかります。安心して利用するために、事前に費用を把握しておきましょう。

法定後見制度を利用する際の流れ

法定後見制度を利用するには、まず本人の住所地を管轄する家庭裁判所に後見開始の審判を申し立てます。申立てができるのは、本人・配偶者・四親等内の親族などです。申立てに際しては、主に以下の書類を揃えて提出します。

  • 後見開始等の申立書
  • 本人の戸籍謄本・住民票
  • 財産目録(預貯金や不動産など資産の一覧)
  • 医師の診断書

申立て後、家庭裁判所による調査や審問が行われ、場合によっては精神鑑定が実施されます。結果を踏まえて後見を開始すべきか否か、開始する場合は誰を成年後見人とするかが決定されます。、

法定後見制度を利用する際の注意点

一度選任された成年後見人は、定期的に財産目録や収支を家庭裁判所へ報告する義務があります。この職務は本人が亡くなるまで続きます。

後見人による財産管理は厳格に監督されており、本人の利益を害するような行為は一切認められません。制度の利用には手間も費用もかかりますが、本人の権利と財産を守るための公的な仕組みであることを理解しておきましょう。

参考:法定後見制度とは(手続の流れ、費用)|厚生労働省

専門家に相談するメリットとタイミング

法律

被相続人が認知症の場合、相続手続きは複雑になり法律的な判断が必要になる場面が多くあります。家族だけで進めると、思わぬトラブルや法的に不備のある手続きにつながる危険もあります。そのため、早めに専門家へ相談することが重要です。

相談先は状況や目的によって異なります。生前対策から紛争解決まで幅広く対応できるのは弁護士、不動産登記や後見申立てに強いのは司法書士、相続税申告を担うのは税理士です。

専門家ごとに得意分野が異なるため、必要に応じて適切な専門家を選ぶことが安心につながります。

相続トラブルを未然に防ぎたいなら弁護士へ相談

弁護士は、遺言書の作成や家族信託、任意後見契約などの生前対策を総合的に支援する専門家です。

特に遺産分割でもめそうな家庭では、早い段階で弁護士が関与することで適切な解決策を提案してもらえます。相続開始後は代理人として他の相続人と交渉し、家族の負担を減らせるのです。

さらに、遺言の有効性が争われたり、遺産分割協議がまとまらなかったりする場合でも、弁護士なら調停や審判、訴訟まで対応できます。法律の専門家に任せることで、紛争の長期化を防ぎ、安心して相続を進められるでしょう。

相続発生後の手続きは司法書士や税理士にも相談可能

相続が始まった後で争いがなければ、司法書士や税理士に相談することで手続きを安心して進められます。

司法書士は不動産の名義変更(相続登記)の専門家です。遺産分割協議書の作成や相続放棄の手続き、成年後見制度の申立書類の作成も依頼できます。

税理士は相続税の専門家です。相続財産の評価や相続税の計算、税務署への申告手続きを代理してもらえます。相続税には様々な控除や特例が用意されているため、専門知識を持つ税理士に依頼することで適切な節税対策も実施できます。

特に財産が基礎控除額を超える可能性がある場合は、早めに税理士へ相談し、期限内に正しく申告・納税できる準備を整えることをおすすめします。

まとめ

被相続人が認知症になると、遺産相続の場面では口座凍結から遺言無効、契約トラブルに至るまで様々な問題が起こり得ます。しかし、事前に対策を打っておくことで多くのトラブルは防げます。判断能力があるうちに、公正証書遺言・家族信託・任意後見契約を整えておけば、将来のリスクを抑えられるのです。対策が間に合わない場合でも、法定後見制度の活用で財産と権利を守れます。

相続は専門知識が問われる分野です。高齢の方やご家族に認知症の不安がある場合は、専門家に相談して早めに備え、安心できる将来を整えておきましょう。

関連記事:【税理士監修】認知症であっても生前贈与は可能?注意点を解説

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相続税の申告手続きは初めての経験で不慣れなことも多くあると思います。
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監修者

山口 美幸

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長

96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。

【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他

【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。