生前贈与は遺産分割で特別受益になる?時効や計算方法も解説

特定の相続人が被相続人から多額の生前贈与を受けていた場合、ほかの相続人との間に不公平が生じることがあります。これを調整するため、民法では「特別受益」という制度を設けています。
特別受益の主張には時効があり、適切な手続きとタイミングに注意が必要です。この記事では、特別受益の概要から具体的な計算方法、主張する際のポイントまでを解説します。
目次
遺産分割で考慮すべき「特別受益」とは?
特別受益とは、一部の相続人が被相続人から遺贈や生計の資本として受けた生前贈与のことです。相続の際はこの特別受益を一旦足し戻して、全体の財産に合算して計算し、改めて各相続人がもらえる分を公平に分けます。この手続きを「持ち戻し」といいます。
すべての生前贈与が特別受益に該当するわけではありませんが、この制度は遺産分割における不公平感を解消する役割を果たします。
特別受益に該当するケースとは?
特別受益とみなされるのは、その生前贈与が高額でかつ他の相続人との間に不公平を生じさせるような特別な利益である場合に限られます。
例えば、結婚資金や事業資金の援助などが対象です。一方で、相続人ではない孫への贈与は、原則として特別受益の対象外になりますが、実質的にその親である相続人への贈与とみなされるような状況では、例外的に考慮される場合があります。
ここでは、特別受益に該当するケースを紹介します。
結婚・学費・事業のための資金援助
特別受益となる典型例としては、相続人が被相続人から受けた結婚時の持参金や支度金、あるいは事業を始めるための開業資金の援助です。
これらの資金は、相続人の独立した生計の基盤を形成するための「生計の資本としての贈与」とみなされるため、遺産の前渡しとしての性格が強いと判断されます。
また、学費についても、他の兄弟姉妹が受けていない高等教育(例:大学、大学院、留学費用など)のために多額の資金援助があった場合、これも特別受益に該当する可能性があります。ただし、贈与の金額や被相続人の資産状況、他の相続人とのバランスなどを総合的に考慮して個別の事案ごとに判断されます。
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相続人を受取人とする生命保険金
相続人を受取人とする生命保険金は、原則的には受取人固有の財産とされ、遺産分割の対象にはなりません。
しかし、例外的に特別受益に準ずるものとして扱われる場合があります。これは、保険金の額が遺産総額に対して著しく大きく、この保険金を考慮しないと相続人間で極めて大きな不公平が生じると裁判所が判断した場合です。
例えば、遺産のほとんどが特定の相続人を受取人とする生命保険金で占められているようなケースが該当します。判例でも個別の事情に応じて判断が分かれており、一律の基準があるわけではないので注意が必要です。
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遺言によって財産を渡す「遺贈」
遺言によって特定の相続人に財産を無償で譲り渡す「遺贈」も、特別受益の一種として扱われます。遺贈は被相続人の死亡によって効力が発生するので、厳密には生前贈与とは異なりますが、特定の相続人に財産が渡るという点では同じ効果を持ちます。
したがって、遺産分割の際には、遺贈された財産の価額も「みなし相続財産」に含めて持ち戻し計算の対象となります。これにより、遺贈を受けなかった他の相続人との間の公平性が保たれます。
なお、遺贈には財産を特定して渡す「特定遺贈」と、財産の割合を指定して渡す「包括遺贈」がありますが、いずれも特別受益として考慮されます。
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これは対象外!特別受益とみなされない贈与の具体例
すべての贈与が特別受益になるわけではありません。
例えば、扶養義務の範囲内の生活費や学費の援助、少額の贈与は原則として対象外です。また、被相続人が「この贈与は遺産分割に持ち戻さなくてよい」とはっきり意思表示していた場合も、特別受益とはみなされません。
どのような贈与が特別受益から除外されるのかについて知ることは、遺産分割における主張の妥当性を判断する材料となります。さらに、近年の法改正によって新たに対象外とされたケースもあるため、しっかりと把握しておくことが大切です。
ここでは、特別受益とみなされない贈与の具体例についてご紹介します。
扶養義務の範囲内とされる生活費の援助
親子間や夫婦間には互いに扶養する義務があり、この扶養義務の範囲内で行われた生活費の援助は、原則として特別受益には該当しません。大学の学費や毎月の生活費を仕送りするようなケースがこれにあたります。これは特別な贈与ではなく、扶養義務の履行とみなされるためです。
ただし、援助の金額が社会通念上、扶養の範囲を著しく超えていると判断される場合は例外です。例えば、借金の肩代わりや他の兄弟が受けていない高額な学費全額を負担した場合などは、特別受益と認定される可能性があります。
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被相続人が「持ち戻し免除」の意思を示した場合
被相続人が、生前贈与や遺贈について遺産分割の際に持ち戻し計算をしなくてもよいという意思表示をしていた場合、その贈与は特別受益として扱われません。これを「持ち戻し免除の意思表示」と呼びます。
この意思表示は、遺言書に明記するなどの明示的な方法のほか、贈与時の状況や当事者の関係性などから、例外的に認定される可能性があります。
ただし、この持ち戻し免除によって他の相続人の遺留分が侵害された場合は、その相続人は遺留分侵害額請求を行うことが可能です。持ち戻しが免除されても、遺留分の計算からは除外されない点に注意が必要です。
【法改正】婚姻期間20年以上の配偶者への居住用不動産の贈与
2019年7月1日に施行された改正民法により、婚姻期間が20年以上である夫婦の一方が、もう一方の配偶者(例えば妻)に対して居住用の不動産を生前贈与または遺贈した場合の特例が設けられました。
この場合、被相続人が持ち戻し免除の意思表示をしたものと推定されます。したがって、このような贈与は、原則として遺産分割における特別受益の計算(持ち戻し)の対象外となります。持ち戻しを求める旨の意思表示がない限りは遺産分割で考慮する必要はありません。
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特別受益の「持ち戻し」とは?遺産分割での計算方法
特定の相続人が特別受益を受けていた場合、遺産分割は「持ち戻し」という計算方法を用いて行います。これは、相続人間の公平を保つために、生前贈与がなかったものとして相続財産を再計算し、そこから各相続人の最終的な取得額を算出する手続きです。
以下より、その具体的な手続きを3つのステップに分けて解説します。
ステップ1:生前贈与を遺産に加算して「みなし相続財産」を算出
まず、相続開始時に被相続人が残した本来の相続財産に、特別受益に該当する生前贈与の価額を加算します。この合計額を「みなし相続財産」と呼びます。これが、遺産分割の計算の基礎となります。
注意すべき点は、加算する生前贈与の価額は、贈与された時点ではなく、原則として相続開始時(被相続人が亡くなった時)の時価で評価されることです。
例えば、贈与された不動産の価値が贈与時から相続開始時までに上昇していれば、その上昇した後の価額で計算に含める必要があります。
ステップ2:みなし相続財産をもとに各相続人の法定相続分を計算
次に、ステップ1で算出した「みなし相続財産」を基準として、各相続人の法定相続分を計算します。法定相続は、民法で定められた相続人の順位と割合に基づいて行われます。
例えば、相続人が配偶者と子2人であれば、配偶者が2分の1、子がそれぞれ4分の1ずつとなります。この法定相続分をみなし相続財産に乗じることで、各相続人が本来受け取るべきだった「一応の相続額」が算出されます。
この段階では、まだ個々の特別受益は考慮されておらず、全員の形式的な取り分を明らかにする作業となります。
ステップ3:特別受益を受けた相続人の取得分から贈与額を差し引く
最後のステップとして、ステップ2で算出した各相続人の「一応の相続額」から贈与額を差し引きます。この差し引いた後の金額が、その相続人が最終的に遺産から取得できる具体的な金額となります。
もし、生前贈与の額が法定相続分を上回っている場合(超過特別受益)、その相続人の取得分はゼロとなります。
ただし、超過した分を他の相続人に返還する義務はありません。特別受益を受けていない相続人は、ステップ2で計算した金額をそのまま取得します。
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特別受益の主張に時効はある?
生前贈与を特別受益として主張する権利に、原則として時効はありません。しかし、いくつかの例外的なケースでは、期間制限が適用されます。
ここでは、その原則と例外について解説します。
原則:遺産分割における特別受益の主張に時効はない
特別受益の持ち戻しを主張する権利は、遺産分割協議の一部として行われるため、協議が成立するまでの間はいつでも主張できます。
したがって、数十年前の生前贈与であっても、遺産分割協議の場に持ち出して計算に含めるよう求めることが可能です。この権利は、相続人全員の合意によって遺産分割が成立するまで消滅しません。
例外①:相続開始から10年経過すると主張が制限されるケース
2023年4月1日より施行された改正民法により、相続開始から10年経過後に遺産分割をする場合は、特別受益の持ち戻し免除の意思表示があったものと推定されるようになりました。これにより、特別受益や寄与分を考慮せずに遺産を分割することが可能になりました。
この規定により、相続発生から10年を過ぎてしまうと、特別受益の持ち戻しを請求することができなくなります。ただし、この改正は2019年7月1日より前に開始した相続には適用されないため、注意が必要です。
関連記事:特別受益の「持ち戻し」「時効10年」について詳しく解説
例外②:遺留分を請求する場合は10年の期間制限に注意
特別受益とは別に、兄弟姉妹以外の法定相続人には「遺留分」という最低限の遺産取得分が保障されています。侵害分が侵害された相続人は遺留分侵害額請求というものを行うことができます。
この権利には明確な時効が定められており、相続の開始と遺留分を侵害する贈与があったことを知った時から1年間、または相続開始時から10年が経過すると消滅します。
関連記事:遺留分侵害額請求の時効は1年と10年!期間内にやるべきことと時効を止める方法
特別受益を遺産分割で主張するために準備すべきこと
他の相続人が受けた生前贈与を特別受益として認めさせ、公平な遺産分割を実現するためには、事前の準備が重要です。
遺産分割協議の場で単に不満を述べるだけでは話し合いは進展しません。特別受益の事実を具体的に主張し、客観的な証拠で裏付けることが不可欠です。
ここでは、感情的な対立を避け、冷静かつ論理的に交渉を進めるための準備について解説します。
遺産分割協議の場で特別受益の存在を明確に主張する
遺産分割協議は、相続人全員が遺産の分け方を合意する場です。特定の相続人に特別受益があったと考えるなら、いつ、誰から、どのような財産を、いくら分受け取ったのか、具体的に主張する必要があります。主張しなければ、特別受益は存在しないものとして協議が進んでしまう可能性があります。
この意思表示が、公平な遺産分割に向けた第一歩となります。感情的にならず、事実に基づいて冷静に伝える姿勢が重要です。
生前贈与の事実を客観的に証明できる証拠を集める
特別受益の主張は、口頭だけでなく客観的な証拠によって裏付けることが極めて重要です。相手が贈与の事実を否定した場合、証拠がなければ主張は認められません。
有効な証拠としては、被相続人の預金通帳の出金記録や振込履歴、贈与契約書、不動産の登記簿謄本などが挙げられます。また、被相続人が残した日記、手紙、メールの内容が状況証拠として役立つこともあります。
これらの証拠を事前にできる限り収集し、整理しておくことで、遺産分割協議や後の法的手続きを有利に進めることが可能になります。
関連記事:【税理士監修】遺産分割協議書の作成方法と必要性について解説
解決が難しい場合は法的手続きや専門家への相談も視野に
相続人間の話し合いだけでは、特別受益に関する問題が解決しないことも多々あります。できれば、第三者や法律の専門家である弁護士などをはさんで検討することが有効です。
家庭裁判所での遺産分割調停や審判を利用する
相続人同士の協議で合意に至らない場合、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てるという選択肢があります。遺産分割調停は、裁判官や調停委員といった中立的な第三者が間に入り、当事者双方の主張を聞きながら、話し合いによる円満な解決を目指す手続きです。
ここで特別受益の有無や評価額について主張し、証拠を提出します。調停でも話がまとまらない場合は、自動的に審判手続きに移行します。審判では、裁判官がすべての事情を考慮し、法的な判断に基づいて遺産の分割方法を決定します。
関連記事:遺産分割調停とは?手続きの流れや費用、有利に進めるためのポイントを解説
トラブルが深刻化する前に弁護士へ相談する
遺産分割の問題は、法律的な知識だけでなく感情的な対立も絡むため、当事者のみでの解決は困難を伴います。できればトラブルが深刻化する前に、弁護士に相談することをおすすめします。
弁護士は、法的な観点から特別受益に該当するかどうかを判断し、有効な証拠の収集方法について助言します。また、代理人として他の相続人との交渉を行うことで、精神的な負担を軽減できます。
まとめ
被相続人から受けた生前贈与は、遺産分割の際に特別受益として扱われ、相続人間の公平を図るための計算が行われることがあります。ただし、扶養の範囲内の援助や被相続人が持ち戻し免除の意思を示した場合など、対象外となるケースも存在します。
他の相続人の特別受益を主張するには、遺産分割協議で明確に意思表示をするとともに、贈与の事実を裏付ける客観的な証拠の準備が不可欠です。
当事者間での話し合いが難航する場合には、家庭裁判所の遺産分割調停を利用したり、早期に弁護士へ相談したりすることが、適切な解決につながります。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
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