遺産分割後に遺言書が見つかった場合のケース別対処法

遺産分割後に遺言書が見つかるという事態は、相続手続きにおいて予期せぬ複雑さをもたらすことがあります。
すでに遺産分割協議が終了し、遺産の分配も完了している状況で遺言書が発見された場合、原則としてその遺言書の内容に従って遺産分割をやり直す必要が生じます。しかし、すべてのケースでやり直しが必須となるわけではなく、状況に応じた様々な対処法が存在します。
本記事では、遺産分割後に遺言書が発見された場合の対処法や、遺産分割のやり直しに関する判断基準について詳しく解説します。
目次
遺産分割後に遺言書を発見した場合の対応
遺産分割協議が終わり遺産分割も完了した後に遺言書を発見した場合、原則としてその遺言書の内容に従い、遺産分割をやり直す必要が生じます。しかし、やり直しが不要なケースもあるため、まずは遺言書の法的有効性を確認することが重要となります。
ここでは、遺言書発見時の初期対応と、その後の手続きについて説明します。
遺言書の法的有効性について
遺産分割後に発見された遺言書は、まずその法的有効性を確認することが不可欠です。遺言書が無効であれば、すでに完了している遺産分割協議の内容に影響はなく、やり直しの必要はありません。
遺言書の有効性を確認する際のポイントは、作成者の自筆であるか、日付や署名、押印が適切になされているかなど、民法で定められた要件を満たしているかどうかにあります。
この際、相続欠格事由に該当する行為として、遺言書の隠匿や破棄、改ざんなどが挙げられるため、遺言書を発見した場合はすみやかに他の相続人に連絡し、家庭裁判所での検認手続きを申し立てることが大切です。
原則的に遺言の内容が優先される
遺言書は故人の最終的な意思を示すものであり、法的に尊重されるべき文書であるため、原則として遺産分割協議よりもその内容が優先されます。遺言は、遺言者の死亡時から効力が発生すると民法で定められており、たとえ遺産分割協議を終えていたとしてもその効力は変わりません。
そのため、遺言書の存在を知らないまま遺産分割協議を行い、すでに遺産を分割してしまっていた場合でも、原則として遺言書の内容に従って遺産分割をやり直す必要があります。遺言には時効がないため、いつ発見されてもその効力は失われません。
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遺産分割をやり直す必要があるケース
遺産分割協議後に遺言書が見つかった場合でも、常に再協議が必要となるわけではありません。しかし、特定の状況下では、改めて遺産分割協議を行う必要が生じます。
ここでは、どのようなケースで遺産分割の再協議が必要になるのか、具体的な状況を解説します。
遺言執行者が指定されている場合
遺言書に遺言執行者が指定されている場合、その遺言執行者は遺言の内容を実現するために必要な一切の行為を行う権利と義務を有します。遺言執行者は、相続財産の管理や遺言内容の執行、必要な登記申請など、多岐にわたる職務を担うことになります。
遺言執行者が就任を承諾した際には、速やかにその任務を開始し、相続人に対して就任通知と遺言内容の通知、そして相続財産目録の作成・交付を行う必要があります。
遺言執行者が指定されているにもかかわらず、相続人が勝手に遺産を処分したり、遺言執行を妨げるような行為をすることはできません。このような行為は無効となる場合があります。もし、遺言執行者が遺産分割協議の内容を追認しない場合や、遺言書の内容と異なる分割を主張する相続人がいる場合、遺産分割のやり直しが必要となることがあります。
相続人の廃除が記載されている場合
遺言書に特定の相続人の廃除が記載されている場合、その相続人は相続権を失うことになります。廃除とは、遺言者の意思によって、特定の相続人から相続権を奪う手続きです。すでに遺産分割協議を終えていたとしても、この廃除の記載が有効であれば、遺産分割協議に参加した相続人の範囲が変わってしまいます。
その結果、これまでの遺産分割協議は無効となり、正しい相続人の構成で改めて遺産分割協議をやり直す必要が生じます。また、過去に廃除されていた相続人の廃除が遺言書によって撤回されている場合も同様に、相続人の範囲が変更されるため、再度の相続手続きが必要となります。
遺言による子の認知が行われた場合
遺言書によって子が認知された場合、その子は法律上の相続人としての地位を取得します。これは、すでに遺産分割協議が終了していたとしても、その効力に影響を与えます。
認知された子は、他の相続人と同じように相続権を持つことになり、これまでの遺産分割協議に参加していなかったため、その協議は無効となります。そのため、新たに相続人となった子を含め、改めてすべての相続人が参加する形で遺産分割協議をやり直す必要があります。
もし認知された子が未成年者の場合は、その子に代わって「特別代理人」を選任し、遺産分割協議を行う必要があります。これにより、遺産分割協議の対象となる相続人の範囲が広がり、遺産の再分配が求められることになります。
遺贈の指定がある場合
遺言書に、相続人以外の第三者への遺贈が指定されている場合、その遺贈は原則として優先されます。遺贈は、遺言者の意思に基づく財産の処分であり、相続人全員の合意があったとしても、遺言書を無視して第三者への遺贈を妨げることはできません。
もし、遺産分割協議で遺贈の対象となる財産がすでに他の相続人に分配されていたとしても、遺言書の内容に従い、遺贈を受ける第三者を含めて遺産分割をやり直す必要があります。
遺贈には「特定遺贈」と「包括遺贈」の2種類があります。特定の財産を指定する「特定遺贈」の場合、相続人全員の合意があれば、受遺者が遺贈を放棄することで、遺言と異なる分割をすることも可能です。
一方、「遺産の○分の1」のように割合で指定する「包括遺贈」の場合、受遺者は相続人と同様の権利義務を持つため、遺産分割協議に加わります。
遺言通りの分割を望む相続人がいる場合
遺産分割協議が完了した後に遺言書が発見され、その遺言書の内容がすでに合意した遺産分割協議の内容と違う場合、相続人のうち一人でも「遺言書通りに遺産を分けたい」と主張する者がいれば、原則として遺言書の内容に従って遺産分割をやり直す必要があります。
遺言は被相続人の最終意思であり、相続人全員の合意がない限り、その効力を覆すことはできません。たとえ他の相続人が既存の分割協議の内容を維持したいと望んでいても、一人でも遺言書の尊重を求める相続人がいる場合は、遺言書の内容を優先した再協議が不可避となります。
遺産分割をやり直す必要がないケース
遺産分割協議後に遺言書が発見されても、必ずしもやり直す必要がないケースもあります。
まず、発見された遺言書が法的な要件を満たさず無効である場合は、既に完了している遺産分割に影響はありません。また、遺言書の内容が、すでに合意した遺産分割協議の内容と同一である場合や既存の遺産分割に影響を与えない軽微なものである場合も、やり直しの必要性は低いでしょう。
重要なのは、遺贈によって相続人以外の第三者に財産が渡ることがない限り、相続人全員が遺言書の存在と内容を認識した上で、現在の遺産分割協議の内容を優先することに合意した場合です。
この合意があれば、新たな遺産分割協議書を作成し、その合意を明確にすることで、遺産分割を維持することが可能となります。ただし、遺言書の内容によっては、相続人全員の合意があってもやり直しが避けられない場合があります。
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遺言書の種類によって対応が異なる
遺産分割後に遺言書が発見された場合、その種類によって、その後の手続きや対応が異なります。主な遺言書の種類には、公正証書遺言、自筆証書遺言、秘密証書遺言の3つがあります。それぞれの特性を理解し、適切な対応を取ることが重要です。
公正証書遺言の場合
公正証書遺言は、公証人が作成し原本が公証役場で保管されるため、紛失や偽造のリスクが低く、法的有効性が高い遺言書です。家庭裁判所での検認手続きも不要なため、相続開始後速やかに内容が実現されます。
遺産分割後に発見された場合、原則として遺言書の内容が優先され、すでに完了した分割と異なる場合は、遺言書を優先した再協議が必要になることがあります。
自筆証書遺言の場合
自筆証書遺言は、遺言者が全文を自筆で書く手軽な遺言書ですが、法的な要件を満たしていないと無効になる恐れや紛失・改ざんのリスクがあります。
2020年からは法務局による保管制度も始まりましたが、それ以外の場合は家庭裁判所での検認手続きが必要です。この手続きを経ずに開封すると過料が科せられる可能性があります。
遺産分割後に発見された際は、まず検認手続きを行い、その法的有効性を確認してから、再協議の要否を判断します。
秘密証書遺言の場合
秘密証書遺言は、内容を秘密にしたまま公証人に存在を証明してもらう形式です。遺言書自体は遺言者が保管するため、紛失や隠匿のリスクがあります。
また、内容の不備による無効のリスクも存在します。この遺言書も自筆証書遺言と同様に、相続発生後には家庭裁判所での検認手続きが必要となります。
遺産分割後に秘密証書遺言が発見された場合、検認手続きを経て有効性を確認した上で、内容に基づいて遺産分割の再協議を検討することになります。
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遺言書発見後の相続放棄はできる?
遺産分割協議後に遺言書が発見され、その内容によって予期せぬ変化が生じた場合、相続放棄も一つの選択肢となります。たとえ遺言書に「相続させる」と明記されていても、相続放棄は相続人に与えられた権利であり、その効力は妨げられません。
例えば、遺言によって多額の借金も相続することになる場合など、不利益を被る可能性がある際には、相続放棄は有効な手段です。手続きは、遺言書の発見により相続財産の全体像を知ったときから3ヵ月以内に家庭裁判所へ申し立てる必要があります。
ただし、相続放棄は特定の財産のみを放棄することはできず、すべての相続財産に対する権利義務を放棄することになります。
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相続放棄の取り消しは可能か?
一度行った相続放棄は、原則として撤回や取り消しができません。これは相続関係の安定性を保つためのルールです。
しかし、詐欺や強迫によって相続放棄を強要された場合や、重要な勘違い(錯誤)があった場合に限り、取り消しが認められる可能性があります。
遺産分割後に遺言書が発見され、もしその内容を事前に知っていれば相続放棄をしなかったであろうと判断できるケースでは、この錯誤を理由に取り消しを検討できる場合があります。
ただし、取り消しが認められるハードルは高く、専門家への相談が不可欠です。これらの取り消し権には、取り消せることを知った時から6ヵ月以内、または相続放棄の時から10年以内という時効が定められています。
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遺産分割後の遺言書に関する注意点
遺産分割協議後に遺言書が発見された場合、その遺言書を無視して手続きを進めると、後々深刻な問題が生じる可能性があります。
ここでは、特定の相続人が故意に遺言書を隠していたケースや、遺言書の内容を無視して協議を継続した場合にどのような問題が起こりうるのか、さらに詳しく注意点をご説明します。
特定の相続人が遺言書を隠していた場合
特定の相続人が故意に遺言書を隠していたことが発覚した場合、その行為は相続手続きの正当性を大きく損なうことになります。このような遺言書の隠匿行為は、民法で定められている相続欠格事由に該当する可能性があり、隠匿した相続人は相続する権利を失うことがあります。
遺言書を隠していた場合、その遺言書の存在を知らずに行われた遺産分割協議は、錯誤によるものとみなされ、無効となる可能性があります。この場合、遺産分割協議をやり直す必要が生じます。
遺言書を隠していた相続人がいたとしても、その遺言書を無視することはできません。故意の隠匿が発覚した場合、すみやかに家庭裁判所に検認の申し立てを行い、遺言書を公開し、適切な手続きを進めることが重要です。
遺産分割協議後に見つかった遺言書を無視した場合
遺産分割協議後に遺言書が見つかった際、その内容を無視して手続きを続行すると、様々な問題が生じる可能性があります。原則として、遺言書は故人の最終的な意思を示すものであり、遺産分割協議よりも優先されます。
そのため、もし遺言書の内容と食い違う部分があれば、その遺産分割協議は無効となる恐れがあります。特に、遺贈の指定があるなど、相続人以外の利害関係者がいる場合は、相続人全員の合意があっても遺言書を無視することはできません。
また、遺産分割協議後に遺言書が見つかったことを知らなかった相続人が「錯誤」を主張し、協議の取り消しが認められる可能性もあります。このような場合、改めて遺産分割協議をやり直す必要が生じるため、すみやかに内容を確認し適切な対応を取ることが重要です。
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まとめ
遺産分割が終わった後に遺言書が見つかると、相続手続きが複雑になることがありますが、遺言書は故人の意思を示す大切な文書で、原則として内容が優先されます。ただし、相続人全員が合意すれば、遺言と異なる分割も可能です。
また、遺言執行者の指定や新たな相続人の判明、遺贈、遺言書の隠匿などがあると、分割をやり直さなければならないケースもあります。
このような場合は、有効性の確認から再協議、相続放棄の検討まで、状況に応じた対応が必要です。複雑な判断が多いため、トラブルを防ぎ、円滑に解決するには、相続に詳しい税理士へ相談することをおすすめします。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
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