特別受益の「持ち戻し」「時効10年」について詳しく解説

相続において特定の相続人が生前に故人から特別な利益を受けていた場合、他の相続人との公平性を保つために考慮されるのが特別受益です。
本記事では、特別受益の基本概念から、特別受益の「持ち戻し」と計算方法、よく言われる「時効10年」について解説をします。また、他の相続制度との関連性や相続トラブルを避けるための対策についてもお伝えします。
目次
特別受益の概要
相続の場面において、特定の相続人が被相続人から生前に特別な利益を受けていた場合、それをどのように公平に扱うかが問題となります。
まずは特別受益の基本的な概念とその意義について詳しく解説します。
特別受益とは
特別受益とは、共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受けたり、生前贈与として結婚や養子縁組のため、または生計の資本として贈与を受けた場合の特別な利益のをことを指します。
特別受益とみなされるのは、結婚持参金、養子縁組の際の持参金、不動産や事業用資産の贈与、さらには大学の学費や海外留学費用、多額の生活費の援助などです。
これらの生前贈与は、実質的に相続財産の一部を前渡ししたものとみなされ、遺産分割の際にその価値が考慮されます。
特別受益が考慮される理由
特別受益が相続において考慮される理由は、相続人全員の公平性を保つためです。
特定の相続人が被相続人から生前に多額の贈与を受けていた場合、もしそれが遺産分割の際に考慮されないと、他の相続人は不公平だと感じる可能性があります。このような不公平を是正し、相続人間の実質的な公平を図ることを目的としています。
特別受益は、被相続人が亡くなった時点での財産に特別受益の分を加えて「みなし相続財産」を算出します。これを基に各相続人の相続分を決定することで、すべての相続人が公平に遺産を分け合えるようにします。
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特別受益の対象とされないケース
すべての生前贈与や遺贈が特別受益として扱われるわけではありません。ここでは、どのようなケースが特別受益の対象外になるのかについて解説します。
通常の扶養範囲内の贈与
親が子に対して行う通常の扶養義務の範囲内での贈与は、原則として特別受益には該当しません。これは、親が未成熟な子に対して扶養義務を果たすための支出であり、特別な利益とは見なされないためです。
具体的な例としては、義務教育から高校までの学費、病気による医療費などが挙げられます。これらの生前贈与は、親として当然に負担すべき費用と考えられ、遺産分割の際に「持ち戻し」の対象にはなりません。
しかし、その金額や性質が社会通念上の扶養範囲を明らかに超える場合は、特別受益と判断される可能性があります。
持ち戻し免除の意思表示がある場合
被相続人が生前に、特定の相続人への生前贈与について「持ち戻し免除」の意思表示をしていた場合、その生前贈与は特別受益の持ち戻し対象から除外されます。
これは、被相続人が自身の財産を特定の相続人に多く与えたいという明確な意思を持っていた場合に、その意思を尊重するための規定です。
持ち戻し免除の意思表示は、遺言書に明記されることが最も確実な方法です。しかし書面に限らず、口頭や贈与の状況から黙示的に意思表示があった場合でも認められることがあります。
ただし、この持ち戻し免除の意思表示があったとしても、他の相続人の遺留分を侵害することはできません。持ち戻し免除によって遺留分が侵害される場合は、遺留分侵害額請求の対象となる可能性があります。
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夫婦間の居住用不動産の贈与
2019年の民法改正により、婚姻期間20年以上の夫婦間で居住用不動産またはその購入資金の生前贈与があった場合、その贈与は原則として特別受益の持ち戻しが不要と推定されるようになりました。
これは「おしどり贈与」とも呼ばれ、長年連れ添った配偶者の老後の生活保障や貢献に報いることを目的としています。
この改正により、生前贈与を受けた配偶者は、相続時に他の相続人よりも多くの財産を最終的に取得できる可能性があります。ただし、この推定は遺留分侵害額請求の計算には適用されず、相続開始前10年以内のものは遺留分の対象となる点に注意が必要です。
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死亡保険金や死亡退職金
死亡保険金や死亡退職金は、原則として相続における特別受益の対象とはなりません。これらは保険契約や勤務先の規定に基づき、受取人固有の財産として支払われるため、被相続人の遺産とは区別されるためです。
しかし例外的に、死亡保険金が遺産総額に比べて著しく高額であったり、特定の相続人が受け取ることで他の相続人間に著しい不公平が生じる場合は、特別受益に準じて遺産分割の際に考慮されることがあります。
この判断は、保険金の額と遺産総額の比率、被相続人と受取人の関係性、各相続人の生活実態など、諸般の事情を総合的に考慮して行われます。 死亡退職金についても、支給状況によっては特別受益とみなされる可能性があります。
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特別受益の「持ち戻し」と計算方法
特別受益は、相続人間の公平性を保つために重要な制度です。ここでは、特別受益の持ち戻しの具体的な意味と実際の計算方法について解説します。
持ち戻しの意味
特別受益の持ち戻しとは、特定の相続人が被相続人から生前に受けた特別な利益を、相続財産に加算して相続分を計算する手続きのことです。これは、相続人間の公平性を保つことを目的としています。
具体的には、被相続人が亡くなった時点の財産に、特別受益の価額を合算して「みなし相続財産」を算定し、このみなし相続財産を基準に各相続人の具体的な相続分を計算します。
実際に財産を返還するわけではなく、計算上の措置として行われるため、特別受益を受けた相続人の相続分から、すでに受け取った分を差し引くことで調整されます。
具体的な計算方法
特別受益を考慮した相続分の具体的な計算方法は、以下の1~3のステップで行われます。
1. みなし相続財産の算出
被相続人が相続開始時に有していた実際の財産に、特別受益の価額を合算し、「みなし相続財産」を算出します。この際、特別受益となる財産の評価は、原則として相続開始時の時価を基準とします。現金であれば、消費者物価指数(CPI)を用いて相続開始時の貨幣価値に換算し、不動産であれば相続開始時の時価で評価されます。
2. 一応の相続分の確定
算出した「みなし相続財産」を、各相続人の法定相続分(または遺言書で指定された相続分)に応じて分配し、「一応の相続分」を求めます。
3. 具体的な相続分の計算
特別受益を受けた相続人の「一応の相続分」から、すでに受け取った特別受益の価額を控除したものが、その相続人の具体的な相続分となります。特別受益を受けていない相続人については、「一応の相続分」がそのまま具体的な相続分となります。
この一連の計算手続きを「特別受益の持ち戻し」と呼び、これにより相続人間の公平性が保たれるのです。
「持ち戻し」の計算例
特別受益の「持ち戻し」について、具体的な事例を元に計算をしてみましょう。
例えば、被相続人Xさんの遺産が3,000万円あり、相続人は長男Aさんと次男Bさんの2人とします。Xさんが生前に長男Aさんに住宅購入資金として1,000万円の贈与をしていたとします。このケースにおける1,000万円は特別受益とみなされます。
まず最初に「みなし相続財産」を計算します。このケースでは、被相続人の遺産額3,000万円に特別受益の1,000万円を足した合計4,000万円がみなし相続財産になります。
次に、この4,000万円を法定相続分で分配します。長男Aさんと次男Bさんはそれぞれ2分の1ずつ相続する権利があるので、「一応の相続分」はそれぞれ4,000万円×1/2=2,000万円となります。
しかし、長男Aさんはすでに1,000万円の特別受益を受けているため、その分を差し引きます。したがって、長男Aさんの具体的な相続分は2,000万円-1,000万円=1,000万円となります。一方、次男Bさんは特別受益を受けていないため、具体的な相続分は2,000万円のままです。
このように、特別受益の持ち戻し計算を行うことで、長男Aさんが1,000万円、次男Bさんが2,000万円を相続するという、相続人間での公平な分配が実現されます。
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特別受益と期間の制限(時効)
特別受益には、期間の制限や時効がどのように適用されるかは、相続の状況によって異なります。特に民法改正による変更点も踏まえて、注意すべき点を解説します。
よく聞く特別受益の「時効10年」という言葉は、2023年4月1日に施行された民法改正によって定められた期間制限を指します。相続開始の時から10年を経過すると、時効によって特別受益を主張できなくなります。
よく聞く「時効10年」とは?
「時効10年」という言葉は、主に2023年4月1日に施行された民法改正で新設された遺産分侵害額割請求権の期間制限を指します。改正前は、遺産分割協議における特別受益には原則として時効がなく、何十年も前の生前贈与であっても、証拠さえあれば持ち戻して分割の計算に入れることが可能でした。
しかしこの改正により、相続開始から10年が経過すると特別受益を主張できなくなる可能性があるとされています。これは遺産分割が長期間にわたって停滞することを防ぎ、早期の解決を促すための変更です。
ただし、やむを得ない事情がある場合にはこの期間が延長される例外も認められています。
遺産分割協議における特別受益と期間制限
遺産分割協議においては、特別受益に時効は原則として存在しません。そのため、20年前や30年前といった古い生前贈与であっても、それが特別受益として認められれば、相続財産に持ち戻して遺産分割を行う必要があります。
しかし、民法改正により、相続開始から10年が経過すると、遺産分割請求が困難になる可能性があるため注意が必要です。また、古い贈与であるほど、贈与契約書や銀行の振込記録などの証拠が残っている可能性が低くなります。そのため、特別受益の立証が難しくなるという現実的な問題も存在します。
したがって、特別受益を主張する側には、その事実を立証する責任があり、十分な証拠収集が不可欠となります。
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遺留分侵害額請求における10年ルール
遺留分侵害額請求において、特別受益は遺留分を算定するための財産に含まれますが、その対象期間に制限があります。2019年7月1日施行の民法改正により、相続人への贈与(特別受益)は、原則として相続開始前10年以内に行われたものに限定されることになりました。これは、遺留分権利者や受贈者の法的安定性や予測可能性を守るためです。
ただし、遺留分侵害額請求権の消滅時効は、遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年、または相続開始から10年と、条文に規定されています。
このように、特別受益の対象となる贈与の期間制限と請求権の消滅時効の期間を混同しないよう注意が必要です。もし遺留分が侵害されている可能性があれば、訴訟も視野に入れ、早期に専門家へ相談することをおすすめします。
民法改正の経過措置に関する注意点
2019年の改正による遺留分の持ち戻し期間制限には経過措置があり、施行日である2019年7月1日より前に相続が開始していた場合には旧法が適用されるため、期間の制限はありません。
施行日以降に相続が開始した場合には、原則として相続開始前10年以内の贈与という制限が適用されます。
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特別受益、遺留分、寄与分の関係
相続では、特別受益以外にも遺留分や寄与分といった制度があり、これらが相続財産の分配に影響することがあります。ここでは、それぞれの制度の関係性について解説します。
遺留分と特別受益
遺留分は、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障された最低限の相続分です。この遺留分を計算する際には、特別受益が大きく関わります。
遺留分額は、相続開始時の財産に特別受益の金額を持ち戻して加算したうえで算定されます。ただし、前述の通り、2019年の民法改正により、持ち戻される贈与は原則として相続開始前10年以内のものに限定されました。
また、自身の遺留分が侵害された場合の遺留分侵害額請求を行う際も特別受益が関係します。たとえば遺留分額が2,000万円で、すでに1,500万円の贈与を受けていた場合、請求できるのは500万円となります。もし特別受益額が遺留分額を上回っていれば、その相続人は遺留分を請求できません。
このように、特別受益は遺留分の計算に直接影響を与え、さらには遺留分侵害額請求の可否にも深く関わってきます。
寄与分との同時適用
寄与分は、相続人が被相続人の財産維持や増加に特別に貢献した場合に、その貢献度に応じて相続分を増額する制度です。特別受益と寄与分はどちらも公平を図る目的がありますが、調整の方向性は逆です。
特別受益は受け取った利益を持ち戻して相続分を減らすのに対し、寄与分は貢献に応じて相続分を増やします。
もし、ある相続人が特別受益を受けつつ寄与分もある場合は、相続財産に特別受益を加え、そこから寄与分を差し引いた「みなし相続財産」を基に相続分を計算します。これにより、生前の贈与と貢献の両方が公平に評価され、最終的な相続分に反映されます。
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特別受益によるトラブル回避策
相続における特別受益は、しばしば相続人間のトラブルの原因となります。ここでは、そうしたトラブルを未然に防ぎ、円滑な相続手続きを実現するための対策について解説します。
生前の準備の重要性
特別受益を巡るトラブルを防ぐには、被相続人が生前に準備をすることが不可欠です。生前贈与を行う際は、その意図や目的を明確にし、家族間で共有しましょう。多額の贈与は贈与契約書などの書面を作成し、記録しておくことで、将来的な遺産相続の際に客観的な証拠となります。
相続人全員で話し合いの場を設け、財産状況についてオープンに話し合うことも、トラブル回避につながります。こうした準備によって、被相続人の意思が明確になり、公平性を確保できます。
遺言書での意思表示
特別受益によるトラブル回避には、遺言書で被相続人の意思を明確に示すことが最も有効です。遺言書に「持ち戻し免除の意思表示」を記載することで、特定の相続人への生前贈与を遺産分割の対象から外せます。
遺言書には、なぜ特定の贈与を行ったのか、その理由や経緯を具体的に記載することも推奨されます。これにより、被相続人の意思が相続人に伝わりやすくなり、誤解や不公平感の発生を防げます。ただし、持ち戻し免除の意思表示があっても、他の相続人の遺留分を侵害することはできませんので注意が必要です。
関連記事:【税理士監修】遺言書の持つ効力とは?無効になるケースと確実性を高めるポイント
まとめ
特別受益は、相続人間で公平な遺産分割を実現するための制度です。特定の相続人が生前に受けた利益は相続財産に持ち戻して計算されます。
遺産分割協議では原則として時効はありませんが、遺留分侵害額請求は相続開始から10年の期間制限がある点に注意が必要です。
トラブルを避けるには、生前の意思表示や遺言書の作成が有効です。相続は複雑なため、疑問や不安がある場合は税理士に相談することをおすすめします。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
【メッセージ】
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