取引相場のない株式の評価における課税時期とは?直前期の考え方を解説
取引相場のない株式の評価は、相続税や贈与税の申告において欠かせない手続きです。
評価額の基準になるのは「課税時期」であり、どの時点の決算書を用いるかを定める「直前期」の考え方を正しく理解する必要があります。
本記事では、贈与税や相続税に影響する課税時期の定義、評価に用いる決算書の選び方、評価の進め方、実務で留意すべき点について詳しく解説します。
目次
取引相場のない株式評価で基準となる「課税時期」の定義
取引相場のない株式の評価は、「課税時期」の株価、すなわちその時点でどれくらいの価値があったか(時価)を基準に行います。この課税時期が、税金を計算するための評価額を決定づける「基準日」となります。
しかしこの基準日は、株式を取得した原因が相続なのか、それとも贈与なのかによって異なります。正確な評価のためには、まずはこの「相続」と「贈与」における課税時期の違いを理解しましょう。
相続の場合は被相続人の死亡日が課税時期になる
相続によって非上場株式を取得した場合、相続税の課税時期は被相続人の死亡日です。実務では、直前期末の決算書を基礎にしながら、死亡日までに行われた配当や増減資などの動きを反映させて株価を調整します。
また、生前贈与加算の対象期間が段階的に延長され、将来的には7年以内の贈与分が相続財産に加算される予定となっています。対象期間の延長により、過去に贈与された株式が改めて相続財産として評価される可能性があります。
正確な評価を行うためには、まず死亡日を正確に特定する必要があります。さらに、過去の贈与履歴、株主総会議事録、名義変更記録などを整理し、課税時期に対応する資料をそろえておくことが大切です。
贈与の場合は財産を受け取った日が課税時期となる
贈与によって非上場株式を取得した場合、贈与税の課税時期は株式を受け取った日です。受領した日が権利移転の日とされ、当日の時点の価値にもとづいて税額を計算します。
実務では、権利移転の日として扱われる基準は次の通りです。
- 株券を発行している会社:引渡日
- 株券不発行会社:名義書換の受付日
- 譲渡制限株式:取締役会の承認日
また、著しく低い価額で譲渡した場合、差額が贈与とみなされることがあります。さらに、法人から個人へ株式を無償または低額で移転した場合、贈与税ではなく所得税の対象になることもあるため、取扱いには注意が必要です。
課税時期を明確に特定するためには、単に日付を把握するだけでなく、誰から誰へ、いつ、権利が移転したのかを裏付ける証拠書類の整備が不可欠です。
契約書、株主総会・取締役会の議事録、名義書換の記録といった資料の整備が必須です。これを評価の基礎とすることで、課税時期の価額に基づいた正確な評価が可能になります。
こうした複雑な評価や判断を適切に行うには、専門家の力が必要です。税理士などの専門家と一緒に手続きを進めることで、評価の誤りを避け、安心して問題解決を図ることが可能です。評価に関する問題や懸念事項を安心して解決に導くことができます。
純資産価額の算定で使う決算書はいつのもの?

取引相場のない株式を純資産価額方式で評価する場合、評価の基礎となるのは会社の財政状態です。そのため、評価時点の資産と負債の状況を把握できる貸借対照表(決算書)が必須となります。
しかし、課税時期と会社の決算日は一致しないことがほとんどです。そのため、どの時点の決算書を評価の基礎として使用するのかという問題が生じます。
この点については、国税庁の財産評価基本通達で扱い方が示されています。ここでは、原則的な取扱いを確認していきます。
原則として課税時期に最も近い決算期末の数値を用いる
純資産価額方式では、課税時期に最も近い「直前期末」の決算書を基礎として評価するのが原則です。
理由は、評価基準日である課税時点そのものの貸借対照表は存在せず、すべての資産をその都度時価で再評価することも実務上困難であるためです。そのため、実務では直前期末の数値を出発点とし、課税時期の時価に近づけるための補正を行います。
まず、期末簿価で計上されている資産・負債を通達に沿った相続税評価額へと読み替えます。次に、期末後から課税時期までに発生した配当、増資、資産の売却など、評価に影響を与える取引を必要に応じて加減します。
この補正計算を行うことで、課税時点に最も近い純資産価額が算定されます。
「直前期」とは課税時期の直前に終了した事業年度を指す
通達でいう「直前期」とは、課税時期の直前に終了した事業年度を指します。基準になる事業年度を取り違えると、基礎となる数値がずれ、評価の誤りにつながる恐れがあるため注意が必要です。
例えば、課税時期が2024年8月15日で、事業年度が4月1日〜翌3月31日の場合を考えてみましょう。直前期は2023年4月1日〜2024年3月31日であり、その期末である2024年3月31日の貸借対照表を基礎資料として用います。
直前期末の貸借対照表が特定されたら、これを基に純資産価額を算定します。貸借対照表上の現金、棚卸資産、有価証券、土地建物、負債などの項目を通達に沿って相続税評価額へ置き換えます。この置き換え後の資産合計額から負債等を控除し、純資産価額を確定します。
終了していない事業年度の数値や課税時期後の出来事を混在させないことが、非上場株式の評価を行うための基本です。
参考:財産評価|国税庁
参考:5 取引相場のない株式等の評価の改正(純資産価額方式) |国税庁
「直前期末法」を用いた具体的な評価ステップ

純資産価額方式による非上場株式の評価は、「直前期末法」という手法に基づき進めます。
直前期末法とは、直前期末の決算書を基礎に、その後の取引や評価差額を反映させて1株当たりの価額を算定する方法です。
会社の規模によっては、類似業種比準価額方式と併用して評価する場合もあります。ここでは純資産価額方式のうち直前期末法に限定して、実務で扱いやすい評価の流れを解説します。
[ステップ1]課税時期から一番近い事業年度末を特定する
最初のステップは、前段で整理した「直前期末」に当たる決算期末を実際の資料で確認する作業です。
課税時期(相続であれば死亡日、贈与であれば取得日)を確定し、定款や登記事項証明書、直近の決算書などから事業年度を確認します。そのうえで、課税時期に対応する直前期末の決算書一式を評価の対象として取り出します。
直前期末の数値は、その後の補正計算を行うベースであり、純資産価額計算全体を支える基礎部分です。
[ステップ2]直前期末の貸借対照表を基に資産と負債を評価する
直前期末が確定したら、その期の貸借対照表を評価用のワークシートに移し、資産と負債を相続税評価額に組み替えます。
会計上の簿価と相続税評価は一致しないため、土地は路線価、建物は固定資産税評価額を用いて評価します。有価証券や棚卸資産などは通達に従って個別に評価し直します。
合わせて、貸借対照表に現れていない含み債務や未計上資産の有無も確認し、必要に応じてその差額に対応する法人税等相当額を控除します。
実務では、法人税申告書の各種別表などを参照しながら、会計と税務の差異を整理するのが一般的です。さらに期末後から課税時期までの増減資や配当などの取引を加減し、純資産価額を確定していきます。
直前期末法による株価評価は、通達に沿った資産・負債の組み替えや税務調整など専門的な判断を要します。状況に応じて税理士への依頼も視野に入れましょう。
課税時期の判断で注意すべきポイント
課税時期の判断を誤ると株価評価や税負担に影響が生じます。ここでは、実務で特に問題になりやすい場面と考え方のポイントを整理します。
直前期末から課税時期までの間に資産価値が変動した場合
取引相場のない株式の評価は、基本的には直前期末の数値を基礎として行います。しかし、期末後に資産や負債が変動すると、課税時点の状況と合わなくなることがあります。
主な例として、増減資、自己株式の取得や消却、合併や事業譲渡、主力となる資産の売買、災害による損失などが挙げられます。このような場合には、課税時期を期末とみなして仮決算を行い、その時点の貸借対照表に基づいて純資産価額を算定する扱いが認められています。
もっとも、課税時期を期末とみなして仮決算を行う取扱いは例外的なものです。「著しい変動」に該当するかどうかは個別に判断されます。取引の規模や継続性、意思決定の経緯などを資料で確認し、必要に応じて税務署へ事前照会を行っておくことが実務的です。
評価額を不当に引き下げるための取引は認められない場合がある
課税直前に評価額の引下げだけを目的として取引を行った場合は、否認される可能性が高くなります。
たとえば、過大な役員退職金の支給、親族などへの低額譲渡、あるいは非効率な資産の取得といった行為には注意が必要です。同族会社の行為計算否認規定の適用を受ける可能性があります。その取引は認められず、実質的な時価に基づいた評価額に再計算されるリスクがあります。評価額の引下げを意図した不自然な取引は避けるべきです。
また、個人に対する低額譲渡では、その差額がみなし贈与と扱われ、贈与税や所得税(給与や一時所得など)の課税対象とされることがあります。形式上は対価を設定していても、取引の必要性や合理性、通常の取引としての説明ができなければ否認は避けられません。
参考:No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき|国税庁
まとめ
取引相場のない株式の評価では課税時期が基準日になり、相続では死亡日、贈与では取得日がその日に当たります。
純資産価額方式によって評価する場合は、原則として課税時期直前に決算を迎えた事業年度の決算書を出発点として算定します。とはいえ、会社の状況に応じて類似業種比準価額と併用するケースもあります。
適切な申告を行うためには、この課税時期と直前期を確実に押さえることが重要です。なお、資産価値の変動や取引の内容によっては判断が分かれる場合もあるため、評価に迷う場合は相続税や株式評価に詳しい税理士へ相談すると安心して手続きを進めることができます。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。



