相続税対策に家族信託は有効?仕組みや手続き、注意点について解説

相続税対策に家族信託は有効?仕組みや手続き、注意点について解説

家族信託は直接的な節税効果を持つ制度ではありません。しかし、生前の柔軟な財産管理や円滑な資産承継を実現できるため、間接的に相続税対策として機能します。認知症などで判断能力が低下しても、計画通りの資産運用が可能になるでしょう。

この記事では、家族信託の仕組みや具体的な活用例、相続発生時の手続き、注意点まで解説します。

家族信託で相続税の直接的な節税はできない

注意点、気を付けるポイント

家族信託は、相続税を直接減らす効果を持つ制度ではありません。相続税の計算式は「課税価格 × 税率 - 控除額」で算出します。家族信託を組んでも課税価格が同じなら税額は変わりません。

しかし、資産の組み換えによって評価額が2割下がれば、相続税も2割前後減少する可能性があります。その結果、相続税対策につながるケースもあるでしょう。あくまで間接的な効果を狙うものであり、直接の節税目的の制度ではない点が重要です。

家族信託は家族に自分の財産の管理や処分を託す仕組み

家族信託は財産を託す「委託者」、管理を託される「受託者」、利益を得る「受益者」の三者で構成されます。主な目的は、認知症などによる判断能力の低下に備え、資産凍結を防ぐことにあります。 契約内容に基づき、受託者は生前から財産の管理や運用、承継を行えるのが特徴です。

遺言と異なる点は、遺言の効力が死亡後に発生するのに対し、家族信託は生前から財産管理が可能である点です。よって、家族信託により、本人の意思に沿った資産活用と円滑な承継ができます。

関連記事:【税理士監修】家族信託とは?メリットとデメリット、手続きの方法をわかりやすく解説

家族信託が間接的な相続税対策として有効な理由

家族信託には、直接的な節税効果はありませんが、間接的な相続税対策として有効です。

特に、判断能力が低下した後も、受託者が資産管理や運用を継続可能です。収益不動産の建築や資産の組み換えといった生前対策を計画的に実行でき、結果的に相続財産の評価額を下げられる可能性があります。

例えば、認知症により判断能力が低下すると、年間110万円の非課税枠を利用した暦年贈与を続けることができなくなります。家族信託を組んでおけば、本人の意思に基づき、受託者が計画的に贈与を継続することが可能です。これにより、着実に相続財産を減らせます。

また、二次相続以降の資産承継者を指定できるため、意図しない財産の散逸を防げます。さらに、不動産の共有化を避ける設計も可能で、将来のトラブル防止にもつながるでしょう。

信託条項で贈与の継続を定める場合でも、受益者の利益に適合すること(受益者利益原則)や意思表示の代替(受益者代理人の設置等)の観点から、設計・運用には慎重さが求められます。

成年後見開始後は、原則として贈与は困難となるため、家族信託であっても法的・税務的整合性のある条項設計が必要です。

参考:成年後見制度・成年後見登記制度|法務省

家族信託の契約中に相続が発生した場合の相続税

家族信託を利用中に受益者が亡くなった場合、相続税はどのように扱われるのでしょうか。信託していた財産は、通常の相続財産とは異なり、「信託受益権」という権利の形で次世代に引き継がれます。この信託受益権が相続税の課税対象となります。

基本的な考え方は通常の相続と似ていますが、課税対象が財産そのものではなく権利である点を理解しておきましょう。信託受益権を引き継いだ新たな受益者が納税義務を負います。

信託受益権は相続税の課税対象

家族信託において相続が発生した場合、課税対象となるのは信託された現金や不動産そのものではなく、「信託受益権」です。信託受益権とは、信託財産から生じる利益を受け取る権利のことで、相続財産とみなされます。

多くの場合、信託設定時は「委託者=受益者」とされているため、委託者である親が亡くなると、この受益者の地位が相続されるでしょう。信託受益権の価額は、信託財産の相続税評価額に基づいて計算されます。実際には、信託財産そのものが課税対象となるのと同等に扱いを受けるのが一般的です。

家族信託でも、要件を満たせば小規模宅地等の特例の適用は可能です。しかし、居住用や事業用、貸付事業用の各要件が厳格に判定されます。小規模宅地等の特例については、以下の記事で詳しく解説しています。

関連記事:相続する前に知っておきたい!必読小規模宅地等の特例と固定資産税の軽減措置で節税する方法

相続税を支払う義務があるのは財産を引き継ぐ次の受益者

当初の受益者が亡くなった際、信託契約であらかじめ定められていた次の受益者が「信託受益権」を引き継ぎます。信託受益権を引き継いが者が、相続税の納税義務者となります。財産の管理を行う受託者ではなく、実際に利益を受ける権利を得た人が納税する仕組みです。

手続きとしては、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に、税務署へ相続税申告を行います。

信託財産以外の相続財産と合算して相続税額を計算する必要があるため、専門家のサポートを受けることをおすすめします。家族信託や相続に関する悩みは、やさしい相続相談センターに気軽にご相談ください。

【パターン別】受益者が亡くなった後の手続きの流れ

家族信託の受益者が亡くなった後の相続手続きは、信託契約の内容によって以下の2つのパターンに分かれます。

  • 受益者の死亡により信託契約を終了させるパターン
  • 信託契約を継続させ、次の受益者に信託受益権を引き継がせるパターン

どちらのパターンになるかによって、受託者の手続きや登記内容が異なります。そのため、契約内容を正確に把握しておくことが重要です。

パターン1:信託契約を終了させ財産を承継する場合の手続き

受益者の死亡により家族信託契約が終了する場合、受託者は信託財産を清算する手続きに入ります。例えば、信託財産を現金化したり、そのままの形で引き渡す準備を進めたりします。

信託契約書で定められた「帰属権利者」に財産を引き渡しましょう。帰属権利者が実質的な相続人として財産を取得し、相続税の課税対象となります。

信託財産に不動産が含まれていた場合は、まず信託の登記を抹消しましょう。その後、帰属権利者への所有権移転登記を行う必要があります。これらの手続きが完了すると、信託に関する業務は全て終了します。

パターン2:次の受益者に引き継ぎ信託を継続する場合の手続き

次の受益者に引き継ぎ信託を継続する場合、信託契約書で指定された第二受益者が新たに信託受益権を取得し、信託契約は継続されます。受託者は、引き続き信託契約の内容に従って財産の管理・運用を行います。

この仕組みにより、二次相続以降の資産承継までコントロールが可能です。例えば、第一受益者の父親が死亡後、第二受益者の母親に受益権を引き継がせるケースなどです。

手続きとしては、新たな受益者が信託受益権を取得したことになるため、不動産が信託財産に含まれている場合は、法務局で受益者変更の登記申請を行いましょう。このときの受益者変更登記にかかる登録免許税は、不動産1個につき1,000円です。

家族信託における相続税対策の活用例3選

相続

家族信託は、柔軟な財産管理機能を通じて間接的な相続対策に効果があります。認知症による資産凍結を回避し、生前の資産運用を継続することで相続財産の評価額をコントロールできます。

また、遺言では不可能な二次相続以降の承継先を指定し、資産の散逸を防ぐこともできるでしょう。不動産の共有化を避けることで、将来の相続トラブルを未然に防ぐ効果も期待できます。

ここでは、家族信託における相続税対策の活用例を3選紹介します。

①生前の資産運用を継続して相続財産の評価額を下げる

所有者が認知症などで判断能力を失うと、銀行口座が凍結されたり不動産の売却ができなくなったりします。こうした状況では、現金で賃貸アパートを建設して相続税評価額を引き下げるといった対策が実行できなくなります。

家族信託を組んでおけば、本人の判断能力が低下しても、受託者である家族が計画通りに資産運用の継続が可能です。

例えば、現金1億円を相続した場合、相続税評価額は1億円です。しかし、現金1億円を使って賃貸アパートを建設すると、相続税評価額を下げることができます。何も対策しなかった場合に比べて数千万円、評価額を下げられるケースもあります。

家族信託を活用することで、資産凍結のリスクを回避し、タイミングを逃さずに生前対策を実行できるため、結果的に相続税負担を軽減できる可能性が高まるでしょう。

②二次相続以降の承継先を指定して資産の散逸を防ぐ

遺言では、自分が亡くなった時(一次相続)の財産の承継先しか指定できません。例えば、財産を配偶者に相続させた場合、その配偶者が亡くなった後(二次相続)の行き先はコントロールできないのです。

一方、家族信託では「受益者連続型信託」という仕組みを活用できます。「自分が亡くなった後の受益者は妻、妻が亡くなった後の受益者は長男」というように、二次相続以降の承継先まで指定可能です。

家業や先祖代々の土地などを、意図通りに後世へ引き継がせることで、資産の散逸を防げます。受益者連続型信託では、受益者が次の受益者へと移る都度、その取得に相続税が課税される取扱いがあります。

③不動産の共有化を回避して円満な遺産分割につなげる

収益物件や自宅などの不動産は、現金のように簡単に分割できないため、遺産分割でトラブルの原因になりやすい財産です。複数の相続人で共有名義にすると、売却や修繕の際に全員の合意が必要となり、将来的に身動きが取れなくなるリスクがあります。

家族信託を活用すれば、例えば長男を受託者とし、不動産の管理・処分権限を集中させられます。他の相続人には、その不動産から生じる収益の一部を分配したり、信託終了時に代償金を支払ったりする設計も可能です。

家族信託は、不動産の共有化を避け、円満な遺産分割の実現につながるでしょう。

家族信託で相続税以外に発生する可能性がある税金

家族信託を組成・運用する際には、相続税だけでなく、他の税金にも注意が必要です。特に、信託契約の設計方法を誤ると、予期せぬ贈与税が課されるケースがあるため注意が必要です。

また、信託財産から利益が生じた場合には所得税、不動産を信託した場合には登録免許税や固定資産税がかかります。受益者や受託者の立場によって負担者が異なるので、計画段階で税務全体を考慮することが大切です。

贈与税や所得税

家族信託において、受益者には贈与税や所得税が課される可能性があります。信託設定時に「委託者」と「受益者」を別人にした場合、委託者から受益者への贈与とみなされ、高額な贈与税がかかります。

例えば、5,000万円の現金が贈与とみなされた場合、特例贈与であれば約2,049万円の贈与税が発生します。これを避けるには、信託設定時は「委託者=受益者」とするのが一般的です。

また、信託したアパートなどから家賃収入が生じた場合、その利益は受益者に帰属します。そのため、受益者が確定申告を行い、所得税や住民税を納める必要があるでしょう。

参考:No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)|国税庁

関連記事:贈与税の基礎控除額はどのくらい?税額の算出方法や暦年贈与についても解説

登録免許税や固定資産税

受託者は財産を管理する立場であり、信託から利益を得るわけではないため、原則として所得税や贈与税は課されません。しかし、信託財産に不動産が含まれる場合、法務局で所有権移転登記と信託登記を行う必要があります。その際、登録免許税が発生するので、注意が必要です。

登録免許税は「不動産の固定資産税評価額×0.4%(土地は0.3%)」です。例えば、評価額6,000万円の建物を信託した場合、登録免許税は24万円になります。

この税金は受託者が納付手続きを行いますが、通常は信託財産の中から支出されます。

また、信託期間中、不動産の固定資産税の納税通知書は登記上の所有者である受託者のもとに送付されます。受託者が納税手続きを行いますが、原資は信託財産から充当するのが一般的です。

参考:No.7191 登録免許税の税額表|国税庁

家族信託で相続税対策を行う際の3つの注意点

家族信託は、相続人間の公平性を欠く設計は、遺留分の問題を発生させ、トラブルの原因になる可能性があります。また、専門家のサポートが必要なので、一定の初期コストがかかることも念頭に置く必要があります。

ここでは、家族信託で相続税対策の注意点を3つ紹介します。

①遺留分を侵害しないように信託財産を設計する

遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に法律上保障されている、最低限の遺産の取り分です。家族信託で特定の相続人に多くの財産を承継させる契約を設計した場合、他の相続人の遺留分を侵害してしまう可能性があります。

もし遺留分を侵害すると、その相続人から「遺留分侵害額請求」をされ、侵害額に相当する金銭の支払いを求められるでしょう。

遺留分の侵害を避けるために、信託契約を作成する際は、信託財産に含める資産と含めない資産のバランスを考慮し、他の相続人の遺留分に配慮した設計にすることが重要です。

関連記事:【税理士監修】遺留分とは?相続財産を必ず受け取れる制度をわかりやすく解説

関連記事:遺留分侵害額請求の時効は1年と10年!期間内にやるべきことと時効を止める方法

②専門家への相談費用など初期コストがかかる

家族信託の契約書は、法律や税務の専門的な知識が必要なため、当事者だけで作成するのは困難です。一般的には、司法書士や弁護士、税理士といった専門家に相談しながら進めることになります。そのため、専門家へのコンサルティング費用や信託契約書の作成費用が発生します。

これらの費用は、信託する財産の価額や契約内容の複雑さによって変動しますが、数10万円から100万円以上かかることもあるでしょう。

さらに、信託契約書を公正証書で作成する場合は、公証役場に支払う手数料も別途必要となります。そのため、初期コストを考慮した上で検討しましょう。

③農地や預金債権そのものは信託できない

家族信託は、全ての財産を信託できるわけではありません。農地を信託すること自体は可能ですが、農地法の許可・届出等の規制が強く、受託者の要件や利用目的によっては許可が得られず実務上は困難なことが多いです。

農業委員会の許可を得るなど、複雑な手続きが必要です。

また、銀行の普通預金や定期預金といった「預金債権」自体は、法的に信託財産にすることが可能です。しかし、実際は預金の信託移転の取り扱いに対応していない金融機関が多いため、通常は一度現金を引き出し、受託者名義の「信託口口座」に入金する方法で金銭を信託します。

そのため、「預金は信託できない」というより、「預金はそのままでは取り扱えないことが多く、金銭信託と信託口口座で対応する」と理解しておきましょう。

このように、信託できない財産や、信託するために特別な手続きが必要な財産があることを事前に把握しておくことが大切です。

まとめ

家族信託は、相続税を直接的に節税する制度ではありません。しかし、認知症などによる資産凍結を防ぎ、生前の計画的な資産運用や組み換えを可能にすることで、間接的な相続税対策として効果があります。

また、二次相続以降の承継先を指定できるなど、遺言では実現できない柔軟な資産承継を設計できる点がメリットです。

家族信託の組成には、贈与税や所得税、遺留分への配慮など、税務や法務の専門的知識が必要です。ご自身の状況に合わせた最適な信託契約を設計し、思わぬトラブルを避けるためにも、相続税に精通した税理士などの専門家に相談することをおすすめします。

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監修者

山口 美幸

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長

96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。

【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他

【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。