暦年課税制度と相続時精算課税制度の違いは?贈与はどちらを選ぶのが正解?

相続や贈与を検討する際、適切な課税制度の選択が重要です。暦年課税制度と相続時精算課税制度は、生前贈与で選べる2つの主要な課税制度です。それぞれの制度によって、将来の相続税額が変動するため、自身の状況に合った制度を選ぶ必要があります。 この記事では、贈与に関する2つの制度の違いや注意点について詳しく解説していきます。
目次
贈与に関する2種類の課税制度
贈与税の課税方法には「暦年課税制度」と「相続時精算課税制度」の2種類があります。両制度は特徴が異なるため、贈与の目的や財産状況による使い分けが重要です。 暦年課税は毎年一定額まで非課税で贈与できる制度です。
一方、相続時精算課税はまとまった金額の贈与をしたい場合に選ぶ制度です。両制度は同一の贈与者からの贈与については併用できませんが、異なる贈与者には選択できます。
例えば、父親からの贈与は相続時精算課税、母親からの贈与は暦年課税を利用するといった組み合わせができます。まず家族構成と財産状況を確認し、長期的な視点で最適な制度を選びましょう。
暦年課税制度の概要
暦年課税制度は、1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与に対して課税される制度です。年間110万円までの基礎控除内の贈与であれば贈与税はかかりません。この制度を活用すれば、長期間にわたって計画的に財産を移転し、将来の相続税負担を軽減できます。ここでは、暦年課税制度の仕組みについて詳しく解説します。
贈与者について
暦年課税制度の贈与者には特別な要件はありません。贈与を行う人が受贈者との関係性に関わらず、本制度を利用できます。親子、祖父母と孫、友人、知人など、親族以外の関係でも適用できる点がメリットです。
特に、若い世代からの早期の財産移転計画にも対応できるため、柔軟な資産承継が可能です。複数の子供や孫に毎年少額ずつ贈与するといった活用もおすすめでしょう。
受贈者について
暦年課税制度の受贈者にも年齢や関係性による制限はなく、誰でも財産の受け取りが可能です。複数の贈与者から贈与を受けた場合、各贈与者からの贈与額を合算して基礎控除を適用します。
例えば、父親から100万円、母親から100万円を受けた場合、合計200万円となり贈与税が発生します。一方、父親が長男に110万円、長女に110万円を贈与した場合、基礎控除内なので贈与税はかかりません。
受贈者が多いほど非課税にできる総額が増えるのが特徴です。
関連記事:複数から贈与を受けた場合の基礎控除は?課税方法と対策をチェック
非課税枠(基礎控除額)について
暦年課税制度では、受贈者あたり年間110万円の基礎控除額があります。この基礎控除額は、1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与財産の合計から差し引かれます。贈与額が110万円以下であれば贈与税はかからず、申告も不要です。
例えば、10年間で毎年110万円ずつ贈与すれば、1,100万円まで非課税で移転できます。
非課税枠を超えた場合について
暦年課税制度で年間110万円の基礎控除額を超えて贈与を受けた場合、超過分に贈与税がかかります。贈与税率は贈与者と受贈者の関係によって異なります。
「特例贈与財産」と「一般贈与財産」の2つに区分され、特例贈与財産は親や祖父母から18歳以上の子や孫への贈与に適用されます。一般贈与財産より税率が低く設定されています。
贈与税の最高税率は55%で、贈与額が大きいほど税率も高くなる累進課税制度です。多額の贈与を行う際には、税率を考慮した上で計画的に進めましょう。
参考:贈与税のしくみ|国税庁
参考:No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)|国税庁
贈与税の申告について
暦年課税制度で基礎控除額を超える贈与を受けた場合、受贈者は贈与税の申告・納税が必要です。申告期間は贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までです。
この期間内に、所轄の税務署へ贈与税の申告書を提出し、税金を納付します。申告を怠ると、延滞税や加算税といった追徴課税が課される可能性があります。
贈与時のトラブルを避けるために贈与契約書を作成し、贈与の事実を明確にしておきましょう。
参考:贈与税の申告|国税庁
贈与者が亡くなった場合の相続税について
暦年課税制度で贈与を行った場合でも、贈与者の死亡時に相続税の計算に影響する場合があります。2023年度の税制改正により、相続開始前7年以内の贈与も相続財産に加算されるようになりました。
この「持ち戻し」と呼ばれる加算対象期間は、2024年1月1日以降の贈与から段階的に延長されます。最終的には2031年以降の相続で7年間が完全適用されます。
税制改正を踏まえた長期的な贈与計画が重要です。
関連記事:暦年課税が改定|生前贈与加算の期間が7年になるとどんな影響がある?
関連記事:暦年贈与が2023年に改正!変更点は?廃止されるって本当?
参考:No.4307 贈与者が贈与をした年に死亡した場合の贈与税及び相続税の取扱い|国税庁
回数制限について
暦年課税制度には、贈与を行う回数に関する制限はありません。年間110万円の基礎控除内であれば、何度でも贈与可能です。 毎年110万円ずつ贈与を繰り返せば、長期間にわたり非課税で財産を移転できます。計画的な贈与で将来の相続税負担を軽減できる効果が期待できます。
しかし、毎年同じ時期に同じ金額を同じ方法で贈与し続けると、「定期贈与」とみなされるリスクがあるため注意が必要です。定期贈与と判断されると、贈与開始時点で全額の贈与契約があったとみなされ、一括で贈与税が課される可能性があります。
定期贈与を避けるには、贈与ごとに贈与契約書を作成するなど贈与を明確に示しましょう。
相続時精算課税制度の概要
相続時精算課税制度は、贈与時に一定額まで贈与税を非課税とし、贈与者の死亡時にその贈与財産と相続財産を合算して相続税を計算する制度です。まとまった財産を一度に贈与したい場合に効果的です。
2024年1月1日以降は、年間110万円の基礎控除が利用できるようになりました。ここでは相続時精算課税制度の仕組みについて詳しく解説します。
贈与者について
相続時精算課税制度の贈与者は、贈与を行った年の1月1日時点で60歳以上の父母または祖父母に限られます。親や祖父母から子や孫への財産移転を促進するための制度です。
贈与者がこの年齢要件を満たさない場合、相続時精算課税制度を利用できません。例えば、50歳の親から子への贈与には適用できません。
制度の対象となる贈与者が限定されるため、利用前に要件確認が必要です。
関連記事:【税理士監修】相続時精算課税制度とは?基本事項からポイントまでわかりやすく解説
受贈者について
相続時精算課税制度の受贈者は、贈与を受けた年の1月1日において18歳以上で、かつ、贈与時において贈与者の直系卑属である推定相続人又は孫のみが対象です。
参考:令和5年度相続税及び贈与税の税制改正のあらまし|国税庁
この年齢要件を満たさない場合や直系卑属でない人への贈与には、相続時精算課税制度は適用できません。例えば、兄弟姉妹や配偶者への贈与には利用できません。
本制度を利用する前に、受贈者の要件を満たしているか確認しましょう。
非課税枠(特別控除)について
相続時精算課税制度には、累計2,500万円の特別控除枠があります。この特別控除は、贈与者が亡くなるまでの全期間を通じて適用される非課税枠です。
2024年1月1日以降の贈与からは、特別控除とは別に年間110万円の基礎控除も利用できます。この基礎控除は相続税の課税対象に加算されません。
例えば、ある年に1,000万円を贈与した場合、まず110万円の基礎控除を差し引いた890万円に特別控除を適用します。残りの特別控除枠は1,610万円となります。
関連記事:相続時精算課税制度とは?特別控除と新設の基礎控除を解説
非課税枠を超えた場合について
相続時精算課税制度で累計贈与額が特別控除枠の2,500万円を超えた場合、超過分に一律20%の贈与税がかかります。
例えば、累計で3,000万円の贈与があった場合、2,500万円は非課税、超過分500万円に20%の贈与税(100万円)がかかります。支払った贈与税は、将来の相続税から控除されます。
2024年1月1日以降は年間110万円の基礎控除が適用できるため、基礎控除を超える部分から特別控除を控除します。
贈与税の申告について
相続時精算課税制度は、贈与を受けた翌年2月1日から3月15日までに「相続時精算課税選択届出書」の提出が必要です。この届出書は、贈与税の申告書に添付します。
2024年1月1日以降は、年間110万円の基礎控除以下の贈与であれば贈与税の申告は不要です。しかし、初めて本制度を利用する際は、基礎控除内でも選択届出書の提出が必要です。
この届出を怠ると、その年の贈与は暦年課税制度で計算されるため注意しましょう。また、一度選択すると、その贈与者からの贈与はすべて相続時精算課税が適用され、変更はできません。
関連記事:相続時精算課税の申告方法は?初年度と2年目以降それぞれ詳しく解説
参考:No.4304 相続時精算課税選択届出書に添付する書類|国税庁
贈与者が亡くなった場合の相続税について
相続時精算課税制度を利用した贈与財産は、贈与者の死亡時に贈与時の価額で相続財産に合算され、相続税の課税対象となります。
2024年1月1日以降の贈与からは、年間110万円以下の贈与については相続財産に加算しなくてよくなりました。贈与時に支払った贈与税がある場合は、相続税額からその贈与税額が控除されます。また、相続税額より贈与税額が多ければ還付も可能です。
参考:No.4307 贈与者が贈与をした年に死亡した場合の贈与税及び相続税の取扱い|国税庁
回数制限について
相続時精算課税制度には、贈与回数の制限がありません。特別控除額2,500万円の範囲内であれば、複数回にわたって贈与できます。
2024年1月1日以降は、年間110万円の基礎控除も併用できるため、毎年110万円以下の贈与であれば、贈与税・相続税ともに非課税で財産移転が可能です。
しかし、一度選択すると撤回できないため、将来の贈与計画や相続税への影響を考慮した上で判断しましょう。
暦年課税制度と相続時精算課税制度どちらを選んだらいい?
暦年課税制度と相続時精算課税制度のどちらが適しているかは、贈与の目的や金額、期間、によって異なります。ここでは、どちらの制度が適しているかを解説します。
暦年課税制度が適しているケース
暦年課税制度が適しているケースは次の通りです。
計画的に財産を移転したい場合
暦年課税制度は、計画的な財産移転に効果的です。年間110万円の基礎控除を利用し、毎年コツコツと贈与を続けることで、長期間にわたって非課税で財産を移転できます。
贈与期間が長いほど、非課税で移転できる財産の総額も増えます。
相続時精算課税制度が適しているケース
相続時精算課税制度が適しているケースは次の通りです。
短期間で多額の財産を移転したい場合
短期間での多額の財産移転したい場合、相続時精算課税制度は効果的です。累計2,610万円内(特別控除2,500万円+基礎控除110万円)なら贈与税がかかりません。不動産購入資金や事業立ち上げ資金などに適しています。
しかし、特別控除の超過分には一律20%の贈与税が課税される点に注意しましょう。
将来的な価値上昇が見込まれる財産がある場合
将来価値の上昇する財産には、相続時精算課税制度が効果的です。贈与された財産は贈与時の評価額で相続財産に加算されるため、将来の価値上昇分は非課税となります。開発予定地や成長企業の株式などが典型例です。
例えば、現在3,000万円の土地が将来5,000万円に値上がりした場合、2,000万円分の値上がり益に課税されません。贈与後の値上がりが大きいほど節税効果は高まりますが、価値下落のリスクも考慮した判断が重要です。
収益性のある不動産を贈与する場合
収益不動産の贈与にも相続時精算課税制度は効果的です。不動産自体贈与時の評価額で相続財産に加算されますが、贈与後の賃料収入は受贈者の財産となります。賃料収入が高く、長期保有する予定の物件ほど効果が大きいでしょう。
しかし、不動産贈与には登録免許税や不動産取得税がかかり、相続よりも税率が高くなる場合があるので注意が必要です。
相続時精算課税制度を選択する際の注意点
ここでは、相続時精算課税制度を選択する際の注意点について詳しく解説します。
一度選択すると暦年課税制度へ変更できない
相続時精算課税制度を一度選択すると、同じ贈与者からの贈与は変更できません。選択後は、その贈与者からの贈与すべてに本制度が適用されます。
相続時精算課税を選択する際は、将来の財産状況を考慮した上で選択しましょう。
異なる贈与者には併用できる
同じ贈与者からの贈与では両制度の併用はできませんが、贈与者が異なれば両制度の併用が可能です。
複数の親族から贈与を受ける可能性がある場合は、各贈与者ごとに最適な制度を選択することで節税効果を高められるでしょう。
関連記事:暦年課税と相続時精算課税の併用は不可!主な違いや選び方、おすすめできるケースの例を紹介
小規模宅地等の特例は適用できない
相続時精算課税制度で贈与された宅地には「小規模宅地等の特例」が適用できなくなる可能性があります。小規模宅地等の特例の要件を満たさなくなる事が考えられるからです。
親と同居している土地や事業用地など、小規模宅地等の特例適用が見込まれる場合は、制度選択を慎重に検討すべきでしょう。
関連記事:相続時精算課税制度とは?小規模宅地の特例と併用はできる?
関連記事:【税理士監修】小規模宅地等の特例とは?計算方法や適用要件をわかりやすく解説します
まとめ
暦年課税制度と相続時精算課税制度は、それぞれ異なる特性を持つ贈与税の課税制度です。暦年課税は毎年110万円の基礎控除を活用できますが、2023年の税制改正により相続前7年以内の贈与が相続財産に加算されるようになりました。
一方、相続時精算課税は累計2,500万円の特別控除と年間110万円の基礎控除を併用可能です。まとまった金額の贈与や将来値上がりが見込まれる財産の移転に適しています。
しかし、一度選択すると変更できない点や、小規模宅地等の特例が適用できない点には注意が必要です。 どちらの制度を選べばいいか迷った際は、専門家への相談をおすすめします。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。