相続時精算課税制度とは?特別控除と新設の基礎控除を解説

相続時精算課税制度とは、生前贈与の税金を相続時にまとめて精算できる制度です。2024年の税制改正で「年間110万円の基礎控除」が新たに加わったことで、従来よりも使い勝手が良くなりました。
今回は、相続時精算課税制度の特別控除や新設された基礎控除の概要、暦年課税との違いやメリット・注意点などについて解説します。
目次
相続時精算課税制度の基本
相続時精算課税制度は、特定の要件を満たす贈与には一定額まで非課税となる制度です。贈与者が亡くなった時には、相続財産と合算して相続税を計算・精算します。
この相続時精算課税制度は2024年に税制改正され、この改正よってより活用しやすくなりました。
相続時精算課税制度の特徴
相続時精算課税制度の特徴は、次の通りです。
- 累計2,500万円までは贈与税が非課税(特別控除)になる
- 年間110万円の基礎控除があり、贈与税の申告が不要
- 特別控除を超えた部分は一律20%の贈与税される
ただし、本制度で贈与した財産は、贈与者の死亡時に相続財産に含まれるので注意が必要です。
関連記事:【税理士監修】相続時精算課税制度とは?基本事項からポイントまでわかりやすく解説
相続時精算課税制度の対象となる人
相続時精算課税制度を使えるのは、次の条件を満たす贈与者と受贈者です。
対象者 |
条件 |
---|---|
贈与者 |
贈与した年の1月1日時点で60歳以上の父母・祖父母 |
受贈者 |
贈与を受けた年の1月1日時点で18歳以上(2022年3月31日以前は20歳以上)の子・孫(養子も可) ※孫に贈与する場合、相続税は2割加算となる点に注意 |
受贈者は、贈与者の推定相続人(その時点で相続が起きた場合に相続人となる人)や孫で、養子も含みます。
ちなみに、孫への贈与は相続税が2割加算されるので要注意です。
暦年課税との違い
贈与税の課税方式には「相続時精算課税」と「暦年課税」の2つの申告方法があります。どちらを選ぶかで税負担も変わるので、違いをしっかり理解しておきましょう。
暦年課税制度と相続時精算課税制度の主な違いを表にまとめてみました。
項目 |
暦年課税 |
相続時精算課税 |
---|---|---|
非課税枠 |
年間110万円 |
累計2,500万円(特別控除)+年間110万円(基礎控除) |
税率 |
累進税率(10%~55%) |
一律20%(特別控除超過分) |
相続財産の |
原則7以内 |
年間110万円(基礎控除)を除き全期間 |
制度の変更 |
可能 |
不可(重要) |
贈与税申告の要否 |
年間110万円超の贈与 |
特別控除超または基礎控除超の贈与 |
暦年課税は、1年間に110万円を超える贈与を受けると、超過分に累進税率で贈与税がかかる暦年贈与と言われる制度です。
一方、相続時精算課税制度は、累計2,500万円までの特別控除と年間110万円の基礎控除も使えるので、全体での非課税枠は広がりました。ただし、特別控除を超えると一律20%の税率がかかります。
また、暦年課税は原則7年の贈与が相続財産に含まれます。一方、相続時精算課税制度では、年間110万円の基礎控除部分を除き、全期間の相続財産に含まれる点が主な違いです。
贈与税の計算方法については、国税庁のウェブサイトでも確認できます。
参考:No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)|国税庁
関連記事:【税理士監修】暦年贈与の注意点、相続税対策のポイントを解説
2024年税制改正による相続時精算課税制度の変更点
2024年からの税制改正で、相続時精算課税制度に次のような変更点が加わりました。
- 年間110万円の基礎控除が新設
- 災害に関する特例措置の新設
以下よりそれぞれの変更点について詳しく解説をします。
年間110万円の基礎控除が新設
これまでは、累計2,500万円の枠(特別控除)内でも、1円以上の贈与なら贈与税の申告が必要でした。手続きが面倒で制度の利用をためらう方も多かったのではないでしょうか。
しかし、2024年からは年間110万円の贈与なら以内なら非課税になったので、毎年少しずつ贈与をしたい方には使いやすくなりました。
災害に関する特例措置の新設
災害で被害を受けた土地や建物等の不動産を贈与したときは、次の条件を満たせば「贈与がなかったもの」として扱われる特例が新設されました。
- 贈与により取得した財産※が相続時精算課税の適用を受けるものであること
※令和5年12月31日以前の贈与により取得した財産も含まれる。- 災害により被害を受けた財産が「土地」又は「建物」であること
- 災害により受けた被害が「物理的な損失」であること
- 土地又は建物の贈与を受けた日からその贈与をした特定贈与者の死亡に係る相続税の申告期限までの間に災害により被害を受けたこと
※令和6年1月1日以後に災害により被害を受けた場合に限る。- 相続時精算課税適用者が、災害により被害を受けた土地又は建物をその贈与を受けた日から災害発生日まで継続して所有していること
- 次に掲げる財産の区分に応じ、それぞれ次に定める割合が10分の1以上となる被害を受けたこと
⑴ 土地の贈与の時における価額のうちにその土地に係る被災価額の占める割合
⑵ 建物の想定価額のうちにその建物に係る被災価額の占める割合
- 相続時精算課税適用者が災害により被害を受けた土地又は建物の取得に係る贈与税について、災害減免法の適用を受けていないこと
- 上記1から7までの要件を満たしているものとして、税務署長の承認を受けていること
災害で被害を受けた土地や建物を贈与した場合、本特例が適用できる場合がありますが、罹災証明書の提出が必要です。上記に該当しそうな方は、早めに税務署や専門家に相談しましょう。
参考:災害により被害を受けた場合の相続時精算課税に係る土地又は建物の価額の特例について|国税庁
相続時精算課税制度を活用する4つのメリット
相続時精算課税制度を活用すると、以下のメリットがあります。
- 多額の財産を早期に贈与できる
- 年間110万円までの贈与が加算対象外
- 収益財産を移すと以後の利益が受贈者の所得になる
- 今後値上がりしそうな財産を低い評価額で渡せる
メリット1:多額の財産を早期に贈与できる
相続時精算課税制度は、多額の財産を早期に贈与できます。累計2,500万円の特別控除があるので、一度に多額の資金を贈与しても、控除内であれば贈与税はかかりません。
例えば、暦年課税だと年間110万円を超える分には贈与税がかかりますが、相続時精算課税なら2,500万円までが非課税となります。
暦年課税だと数百万円の贈与税がかかるケースでも、本制度であれば贈与税をゼロにできるケースが多くなります。
メリット2:年間110万円までの贈与が加算対象外
2024年からの改正で、年間110万円までの基礎控除枠の贈与なら、相続財産に加算されなくなりました。つまり、毎年110万円以内で贈与すれば、その分は相続税の課税対象から外れます。
暦年課税にも年間110万円の非課税枠がありますが、相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算されてしまいます。その点において、相続時精算課税制度は短期間で相続が発生した場合でも、贈与税・相続税を抑えることができる点がメリットです。
メリット3:収益財産を移すと以後の利益が受贈者の所得になる
賃貸物件や配当金が発生する株式等を贈与すると、贈与後の収益は受贈者のものになり、贈与者は所得税や住民税がかかりません。
例えば、高齢の親が所有している収益物件の所得税率が高い場合、子に贈与することで家族全体の税負担を減らせるでしょう。
メリット4:今後値上がりしそうな財産を低い評価額で渡せる
将来価値が上がりそうな財産を早めに贈与すれば、相続時には贈与時の評価額で計算されます。つまり、値上がりする前に贈与することで、将来の値上がり分は相続財産に含まれないため、税負担を軽減できます。
都心の不動産や成長が見込める株式等を贈与したい場合は、後の相続税に比べると節税効果が高いと言えるでしょう。
相続時精算課税制度を活用する際の注意点
メリットばかりではなく、相続時精算課税制度には次のようなデメリットもあるので注意が必要です。
- 一度選択すると暦年課税に戻せない
- 贈与財産の価値が下がる可能性がある
- 小規模宅地等の特例が適用されない場合がある
- 手続きに手間がかかる
- 孫への贈与は相続税が2割加算される
次からそれぞれの注意点について詳しく解説をしていきます。
一度選択すると暦年課税に戻せない
相続時精算課税制度は、一度選ぶと同じ贈与者からの贈与について暦年課税に戻せません。
後から「暦年課税の方が良かった」と後悔しないように、本制度を選択する前に、今後の資産計画もしっかり考えておきましょう。
贈与財産の価値が下がる可能性がある
相続時精算課税制度で贈与された財産は、贈与時の評価額で相続財産に加算されます。
例えば、2,000万円相当の株式を贈与した後、相続時には1,000万円に値下がりしていたとしても、相続税の計算では贈与時の2,000万円で評価されてしまいます。
特にリーマンショックや最近のコロナ禍等、急激な資産価値の下落を経験した方なら身に染みているでしょう。価値変動が激しい資産を贈与する場合は、変動リスクも考慮すべきです。
小規模宅地等の特例が適用されないことも
相続時精算課税制度を利用して生前贈与した宅地は、原則として小規模宅地等の特例が適用できない場合があります。
小規模宅地等の特例は、条件を満たす宅地の相続税評価額を最大80%も減額できる制度で、税負担を軽減できます。しかし、生前贈与された宅地には本特例が適用されない場合があるため、自宅の敷地等を贈与する際には要注意です。
関連記事:相続時精算課税制度とは?小規模宅地の特例と併用はできる?
関連記事:【税理士監修】小規模宅地等の特例とは?計算方法や適用要件をわかりやすく解説します
手続きに手間がかかる
相続時精算課税制度を選ぶ最初の年には、手続きに手間がかかります。
贈与税の申告書と相続時精算課税選択届出書を税務署に提出が必要です。加えて、戸籍謄本や住民票等の添付書類も必要なので、初めての方は大変だと感じるでしょう。
また、年間110万円以上の贈与が発生した年は、超過分の贈与税申告も必要になります。
このような手続きを面倒と感じる方は、税理士に依頼をすることも検討しましょう。税理士であれば、このような手続きや申告はもちろん、より節税に繋がるアドバイスや提案をしてくれるでしょう。
相続時精算課税制度をはじめとした生前贈与に関する手続きは「やさしい相続センター」にぜひご相談ください。
孫への贈与は相続税が2割加算される
相続時精算課税制度を使って孫に贈与すると、相続税が2割も加算されてしまいます。
2割加算される理由は、孫は通常、相続税法上の相続人ではないから(父母が亡くなって代襲相続する場合を除く)です。つまり「世代飛ばし対策」です。
孫の学費や結婚資金として今すぐ必要な場合は、加算分を考慮しても贈与する価値があるでしょう。
孫への贈与を考えるときは、2割加算を考慮して税負担のシミュレーションをしましょう。
相続時精算課税制度の手続きの流れと必要書類
相続時精算課税制度を利用するには、税務署への申告手続きをしなければなりませせん。特に初めて本制度を利用する年は、通常の贈与税申告書に加えて、以下に記載する届出書の提出が必須です。
必要な書類と選択届出書の提出
相続時精算課税制度を利用するには、次の書類の提出が必要です。
- 贈与税の申告書(第一表・第二表)
- 相続時精算課税選択届出書
- 受贈者の戸籍謄本または抄本
- 受贈者の住所が分かる書類(住民票や戸籍の附票等)
- 贈与者の戸籍附票の写し
上記の必要書類は、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの申告期限内に税務署へ提出が必須です。申告書や届出書の様式は国税庁のウェブサイトからダウンロードできます。
提出方法は窓口か郵送でも可能です。また最近ではデジタル化が進み、e-Taxのオンライン申告も選択可能です。
参考:No.4304 相続時精算課税選択届出書に添付する書類|国税庁
申告を忘れた場合
贈与税の申告期限を過ぎると、ペナルティとして無申告加算税や延滞税が課される場合があるので、期限内に必ず申告してください。特に初年度の申告を忘れた場合は、暦年課税として扱われ、思わぬ贈与税が発生するので要注意です。
もし申告漏れに気づいたら、1ヵ月以内に申告してください。自主申告をすれば無申告加算税が軽減される可能性があります。
関連記事:【税理士監修】相続時精算課税制度の必要書類とは?手続きの方法や注意点も解説
暦年課税制度と相続時精算課税制度、どちらがおすすめ?
贈与税の課税制度には、暦年課税制度と相続時精算課税制度の2つがあります。どちらを選んだ方が良いかは、それぞれ贈与する財産の金額や種類、目的、贈与者の年齢や健康状態、将来の相続の見込み等、様々な要素で変わってきます。
以下より、それぞれに適したケースをご紹介します。
暦年課税が適しているケース
暦年課税が適しているケースは、以下の通りです。
- 毎年110万円ずつコツコツと贈与したい場合
- 非課税枠を複数の受贈者に分けて贈与したい場合
- 贈与者が若く、長期で贈与したい場合
例えば、暦年課税なら、受贈者が毎年110万円まで非課税なので、家族が多ければ多いほど節税効果が得られます。
こういったケースでは、暦年課税の方が適しているでしょう。
相続時精算課税制度が適しているケース
一方、以下のケースに該当する方は相続時精算課税制度が適しています。
- 住宅購入資金等、一度に多額を贈与したい場合
- 値上がりしそうな財産を贈与したい場合
- 収益財産を贈与し、贈与後の運用益を受贈者に移したい場合
こういったケースに当てはまる場合は、相続時精算課税の活用を検討してみてはいかがでしょうか。
相続時精算課税制度の特別控除や基礎控除を理解して節税しよう
相続時精算課税制度は、2024年の税制改正により基礎控除が新設されたことで、より活用しやすくなりました。
累計2,500万円+年間110万円の非課税枠を使えるためメリットは大きいですが、一度選ぶと暦年課税に戻せません。また、不動産や株式など価値変動が見込まれる財産については、贈与のタイミングによってはデメリットになるリスクもあります。生前贈与については、「いつ・誰に・いくら」贈与するか、将来の相続財産や財産価値の変動も考慮して検討しなければなりません。
また、複雑な税制度への理解も必要です。贈与者や受贈者の状況によって適した贈与方法は異なりますので、できれば専門家に相談をすることをおすすめします。特に贈与税や相続税に関しては税理士に依頼することで、より節税につながるアドバイスをもらえるでしょう。
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監修者

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長
96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。
【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他
【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。