【税理士監修】生前贈与を受けても相続放棄は可能?トラブルを防ぐ方法や注意点を解説

更新日:2023.9.8

生前贈与と相続放棄はまったく異なる制度です。そのため、生前贈与を受けた場合も、基本的には相続放棄が可能です。しかし、ケースによっては生前贈与の取り消しや相続税の発生が起こる恐れもあります。生前贈与を受けていない場合よりも、相続放棄に伴うトラブルが発生するリスクが高いのは事実です。

本記事で生前贈与を受けた人による相続放棄について、実施するにあたって知っておきたいポイントを解説します。

生前贈与および相続放棄の概要

はじめに、生前贈与および相続放棄についてそれぞれの概要を解説します。

生前贈与とは

生前贈与とは文字通り、被相続人の生前に贈与を行うことです。

贈与には亡くなった人の遺言に基づいて行われる遺贈や、贈与者の死亡を条件に発生する死因贈与といった種類があります。このように死亡が条件となる贈与と区別するために、生前に行われる贈与を生前贈与と呼びます。

また、相続税対策の方法として、生前贈与という言葉が使われる場面も多いです。

相続税対策の生前贈与とは、贈与税の非課税枠の制度を使って税負担なく財産移転を行う方法を指します。贈与税には110万円の基礎控除があり、贈与を受けた額が年間110万円以下であれば贈与税がかかりません。すなわち、毎年110万円以下の贈与を長年継続すれば、トータルで多額の財産移転ができ、相続税の対象となる相続財産を小さくできるのです。

相続税対策の生前贈与については狭義の生前贈与とも表現できます。

以降の文章では、生前に行う贈与全般の意味で生前贈与という言葉を用います。

相続放棄とは

相続放棄とはプラスの財産マイナスの財産関係なく、一切の財産を相続しないことです。

相続放棄は相続人がとれる方法のひとつです。相続の仕方について、相続放棄以外にも以下2つの選択肢があります。

  • 単純承認:プラスの財産・マイナスの財産どちらも相続すること
  • 限定承認:被相続人のプラスの財産を限度にマイナスの財産を相続すること

相続放棄および限定承認は、相続の開始を知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に対する申述が必要です。相続放棄・限定承認の申述をしない場合は、自動的に単純承認となります。

相続放棄を行う場面の例

相続放棄を行う場面として、大きく2つの例が挙げられます。

ひとつは被相続人のマイナスの財産が大きい場合です。

被相続人が多額の借入金や債務を負っていた場合、相続によって得られる財産がトータルでマイナスになる恐れがあります。マイナスの財産が大きいと判明している場合、相続放棄によって一切の相続をしない方法が効果的です。

相続放棄を行う場面のもうひとつの例が、相続人同士のトラブルを回避したい・遺産分割協議に参加したくない場合です。

遺言書が存在しない場合、相続人全員による遺産分割協議によって相続の内容を決める必要があります。遺産分割協議はスムーズに進むとは限らず、むしろ、協議の難航や親族関係の悪化などトラブルが起こるケースは珍しくありません。

もともと相続人同士の仲が悪い場合や何らかの事情がある場合のように、遺産分割協議が難航しそうと事前にわかることもあります。相続放棄をすれば遺産分割協議に参加する必要がなくなるため、トラブル回避のために相続放棄をする人も多いです。

相続放棄に必要な手続き

相続放棄を行うためには、家庭裁判所へ相続放棄の申述を行う必要があります。相続放棄の申述先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。

申述に際して以下の書類が必要となります。

  • 相続放棄の申述書
  • 標準的な申立添付書類:以下2点はいかなる場合も必要です。その他の必要書類は申述人と亡くなった人の関係によって異なります
    • 被相続人の住民票除票又は戸籍附票
    • 相続放棄する人の戸籍謄本

申述に必要な費用は申述人1人につき800円であり、800円分の収入印紙を用意します。連絡用の郵便切手も必要です。

申述期間は相続の開始を知った日から3ヶ月です。相続を知ってから3ヶ月が経過した後は、原則として相続放棄の申述ができません。

生前贈与を受けていても相続放棄は可能

生前贈与と相続放棄はまったく異なる制度です。生前贈与の有無が相続放棄の可否や進め方に影響を与えることはありません。したがって、生前贈与を受けた人でも相続放棄は可能です。

生前贈与を受けた人も、相続放棄に必要な手続きは前述した内容と同様です。相続を知った日から3ヶ月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述を行います。

生前贈与を受けた人が相続放棄する際の注意点

これまで紹介したように、生前贈与を受けた人でも相続放棄の実施は可能です。しかし、生前贈与を受けた場合、相続放棄に際してトラブルが起こる恐れが大きいのも事実です。

生前贈与を受けた人が相続放棄する際に注意したいポイントとして、以下の3つが挙げられます。

  • 詐害行為取消権の行使を受ける恐れ
  • 生前贈与が相続税の課税対象になるケースがある
  • 生前贈与の有無に関係なく相続放棄が認められない事例もある

それぞれ詳しく解説します。

詐害行為取消権の行使を受ける恐れ

詐害行為取消権とは、債務者が債権者の権利を害すると知った上でとった行為について、裁判所に対して取り消しを請求できる権利です。

大前提として、相続放棄は身分行為(法律で言う身分を変更する行為のこと)に該当するものであり、詐害行為取消権の対象外となります。生前贈与に何らかの問題がみられても、相続放棄が不可能になるわけではありません。

※身分行為:婚姻・養子縁組・相続の承認など、身分に変更が加わるような法律行為

一方で生前贈与は詐害行為取消権の対象になる可能性があります。具体例を紹介します。

  • 債務者である被相続人(贈与者)が、差し押さえ対象となる財産を小さくする目的で生前贈与を行った場合
  • 贈与者が債務者である・債務超過の状態であることを、贈与を受ける人が知っていた場合

このように、債務不履行の可能性を知った上で行った生前贈与は詐害行為取消権の対象になり得るのです。

生前贈与が詐害行為取消権の対象になった場合、対象の生前贈与が取り消しとなります。生前贈与が取り消しとなれば、受け取った財産を失う・返還の必要が生じる恐れが大きいです。

相続税の課税対象になるケース

生前贈与として受けた財産であっても、贈与の時期や方法によっては相続税の課税対象になるケースがあります。生前贈与が相続税の課税対象になるケースは以下のとおりです。

  • 相続開始前3年以内に受けた生前贈与:相続開始前3年以内の生前贈与は相続税の課税対象であるため、相続財産として扱い相続税の計算をする必要があります
  • 相続時精算課税制度を利用していた場合:相続時精算課税制度を利用して行われた生前贈与は、贈与者が亡くなったときに相続財産と合算して相続税の計算対象となります

相続放棄をした場合でも相続税が発生する可能性がある点には注意が必要です。

相続放棄が認められない事例

前述したように、生前贈与の有無は相続放棄できるか否かに関係ありません。しかし、生前贈与以外の理由によって、相続放棄ができなくなるケースは十分に起こり得ます。

相続放棄が認められなくなるケースの具体例を紹介します。

  • 相続財産の処分をしてしまい、単純承認とみなされる
  • 相続放棄の申述の期限を過ぎる
  • 相続放棄の必要書類に不備や不足がある

生前贈与を受けた場合もそうでなくても、相続放棄をするために注意するべき点は同じであるといえます。相続放棄を検討している場合、相続放棄が認められない事例を確認した上で、事例に当てはまる行動をしないよう注意が必要です。

生前贈与を受けた人の相続放棄でトラブルを避ける方法

生前贈与を受けた人が相続放棄をする際に、トラブルを避ける方法として以下の2つが挙げられます。

  • 相続放棄の手続きを正しく実施する
  • 法律やルールを押さえる

それぞれの方法についてポイントを詳しく紹介します。

相続放棄の手続きを正しく実施する

これまでに紹介したように、生前贈与を受けた人でも相続放棄は可能です。生前贈与と相続放棄はまったく異なる制度であるため、生前贈与の有無が相続放棄に影響を与えることはありません。

相続放棄が認められない場合、単純に相続放棄に関する誤解や誤った対応が原因です。相続放棄のルールについて確認し、必要な手続きを漏れなく実施する必要があります。

特に、申述期限を過ぎてしまったために相続放棄ができないケースは多くみられます。相続放棄に必要な作業は一見少なく感じるかもしれませんが、戸籍謄本をはじめとした必要書類の用意はイメージよりも時間と労力がかかりがちです。書類の用意を後回しにした結果、期間に間に合わなくなる事態は珍しくありません。

相続放棄を行うためには、単純承認とみなされる行為を避けることも大切です。

前提として、相続発生から3ヶ月以内に家庭裁判所への申述を行わない場合、自動的に単純承認とみなされます。

また、相続財産を処分した場合も、意思に関係なく単純承認とみなされてしまいます。知らずにやってしまいがちな処分行為の例は以下のとおりです。

  • 遺産分割協議に参加:遺産分割協議に参加した時点で単純承認が成立してしまいます。遺産分割協議への参加は、相続の意思があると判断されるためです
  • 被相続人の未払金を遺産から支払った:たとえば、被相続人の預貯金から被相続人の携帯料金や電気などを支払った場合が該当します。被相続人の預貯金から支払う=相続財産の処分とみなされるためです。なお、被相続人の未払金を相続人本人の財産から支払う場合は、単純承認に該当しません
  • 金銭的価値のある形見を受け取る:受け取る形見の価値によっても、単純承認が成立してしまう恐れがあります

法律やルールを押さえる

詐害行為取消権や相続税の課税対象など、相続放棄・生前贈与に関係する法律やルールについて押さえることも大切です。法律・ルールを事前に把握していれば、正しい判断や対応ができる可能性が高くなります。

ただし、贈与や相続に関する法律は、複雑で専門性が高い内容です。入念に確認したつもりであっても、専門知識がない以上は誤解や認識不足が生じる恐れがあります。

トラブルの恐れや疑問などがある場合は自己判断せず、専門家に相談するのが安心です。

まとめ

生前贈与と相続放棄はまったく異なる制度であり、生前贈与の有無は相続放棄の可否や手続き内容に一切影響を与えません。生前贈与を受けた人による相続放棄は可能です。

ただし、相続放棄はトラブルが起こりやすい行為といえます。特に生前贈与を受けた人の場合、詐害行為取消権の行使を受ける恐れや、生前贈与が相続税の課税対象になるケースに注意が必要です。生前贈与の有無に関係なく、単純承認とみなされる行為を避ける必要もあります。

生前贈与を受けた人が相続放棄をするにあたって、注意点やトラブル回避の方法を知っておくと安心です。トラブルの恐れや疑問がある場合は無理に自身で対処しようとせず、専門家のサポートを受けることをおすすめします。

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監修者

山口 美幸

山口 美幸 小谷野税理士法人 パートナー税理士・センター長

96年大手監査法人入社、98年小谷野公認会計士事務所(小谷野税理士法人)入所。

【執筆実績】
「いまさら人に聞けない『事業承継対策』の実務」(共著、セルバ出版)他

【メッセージ】
亡くなった方の思い、ご家族の思いに寄り添って相続の手続きを進めていきます。税務申告以外の各種相続手続きも、ワンストップで終了するように優しく対応します。